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中国当局による「越境弾圧」を糾弾する
「民族団結進歩促進法」がもたらす事態
[2026.8.1]
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| 「民族団結進歩促進法」は、今年3月の全国人民代表大会において可決された (7月1日施行) |
| PHOTO(C)REUTERS |
中国経済の「三重苦」
毛沢東が死去してから今年で50年になる。
毛沢東信奉者の習近平は、命日の9月9日には、北京で盛大なイベントを決行するであろう。
毛沢東の死後、返り咲いた実権派の鄧小平による改革開放政策が1978年から断行された。
それ以来、約半世紀近くにわたり、中国経済は大きく躍進を続けてきた。
たとえ言論の自由などが無くても、経済成長さえ続いて生活水準が向上している限り、中国国民は共産党の支配を受け入れてきた。
しかしながら、経済成長という大前提が崩れ、国民の生活水準が悪化するならば、共産党支配の正当性が疑われることになり、体制に対する人々の不満は大きくなる。
今や中国は、不動産バブル崩壊を契機に、経済衰退の坂道を転がり始めている。
今年3月の全人代において、中国政府は経済成長目標を、昨年の「5%前後」から「4.5~5.0%」へと引き下げた。
党の公式見解でさえ「引き下げ」を認めているくらいであるから、実際の経済成長率は遥かに下回っているはずである。
その上、内需不足によるデフレが進行している。
またそれらに伴って失業者も増加しており、消費低迷に拍車をかけている。
一方輸出面でも、西側諸国において安全保障上の懸念から、中国製品に対する警戒感が高まっている。
現在、中国経済は「三重苦」を抱えている。
第一は「コロナ禍」の後遺症である。
日本や欧米では、ロックダウンを実施したケースは少ないが、中国では習近平政権が大規模な都市封鎖を実施していた。
その結果、中国では飲食店などのサービス業を中心に、数多くの企業や店舗が倒産に追い込まれた。
2022年12月の統計では、3年間で約400万社の中小零細企業が倒産した。
これらはコロナ禍の影響というよりは、むしろロックダウンによる経済破綻であり、明らかに中国政府によってもたらされた「人災」であった。
雇用は悪化し、若者の失業率は今や18.9%という過去最悪の水準で、多くの人が消費を控えている。
中国経済「三重苦」の第二が、「不動産不況」の長期化である。
中国の不動産大手「恒大集団」の経営破綻以降、中国経済の崩壊が明白になっている。
ただし現在の中国におけるバブル崩壊は、90年代の日本のバブル崩壊や2008年のリーマンショックのような急激な変化ではなく、大型客船が何時間もかけて沈没するように、ゆっくりとスローテンポで「大崩壊」へと向かっている姿である。
日本や米国のように自由に情報が入手可能な社会においては、「危機」だと判断した瞬間から一気にバブルは崩壊する。
投資家達は一斉に「パニック売り」を始め、市場が「売り一色」になった場合、誰もそれを止められない。
一方、中国は独裁国家である為、政府があらゆる情報をコントロールしている。
恒大集団破綻のケースにおいても、経済情報は中国国内で小出しにされ続けていた為、実際に恒大集団が崩壊するまでに相当の期間がかかる結果になった。
恒大集団の場合、2021年にドル建て債券の債務不履行が起きたにも関わらず、香港株式市場において上場廃止になったのが2025年8月25日と、4年も延命されていた。
日本の社会であれば、手形の「不渡り」が発生すれば直ちに破産手続きが始まる上、大抵の場合は「不渡り」を待たずして清算手続きに入るのが通例である。
このように、会社の存続よりもまずは株主や債権者の利益を優先させる事が、日本をはじめ資本主義社会における当然の商慣習である。
しかしながら、中国のような独裁国家による統制経済の場合は、かりに債務不履行があっても企業体を潰さずに存続させる為、結果的にますます泥沼に陥り被害が拡大する一方となる。
今や恒大集団の経営危機を契機に、中国経済の失速が世界経済を揺るがせている。
中国不動産バブルの構造
通常、住居を購入する際の不動産価格は、平均的な会社員の年収の6倍以内が正常とされるが、2021年の北京や上海、広州、深圳といった大都市における不動産価格は、会社員の年収の50倍を超えたという。
因みに日本のバブルがピークの1990年には、首都圏内の不動産価格は会社員の年収の18倍にまで膨らんだとされる。
中国版バブルは日本のバブルを遥かに上回る規模であり、その崩壊の後遺症が如何に凄まじいかは想像を超えるものがある。
では、そもそもなぜ中国の不動産価格は、サラリーマンの年収の50倍を超える異常な水準まで膨れ上がったのか。
そこには、中国の地方の市政府と大手開発業者(デベロッパー)との癒着によって莫大な利益を得る仕組みが存在した。
不動産バブルが膨らんでいた時に最も利益を得たのは、中国の地方の市政府である。
中国の場合、土地の「所有権」はあくまで国家に帰属する一方、土地の「使用権」は商品として売買が可能である。
これは謂わば日本の「定期借地権」のようなものである。
中国において「土地使用権」の取引が正式に発足したのは1995年であり、中国の不動産バブルはこの年から始まった。
中国では、地方の市政府が「土地使用権」を好き勝手に設定し、「土地使用権」を払い下げる事によって莫大な財源を手に入れた。
とりわけ「土地使用権を払い下げた時の売上は、各々の市政府の財源にする」と、北京の中央政府が決定した事によって、地方の市政府は千載一遇の好機とばかりに「土地ビジネス」に狂奔し始めた。
因みに「土地使用権」の借地期間は、住宅用地の場合、全国一律「70年」に設定されている。
借地期間が短いと、すぐに満期になって困るということで、特に経済学的な根拠も無く、「一律70年」に設定されたという。
かくして1995年から中国全土で一斉に大規模な都市開発が、各地方政府の主導で始まった。
恒大集団が創業されたのは、その翌年の1996年である。
また他の大手デベロッパーも、軒並みその時期に創業されており、いずれも「土地使用権」で儲けようとして生まれた会社であった事が分かる。
市政府と大手デベロッパーは、癒着・共謀して「土地使用権」の坪単価を上げるように「地上げ」を繰り返した。
そしてこれが原因で、あらゆる不動産が高騰しバブルは連鎖的に波及した。
市政府としては、市内に転がっている膨大な空地に次から次へと「土地使用権」を設定するだけで、無尽蔵に売却益が流れ込んで来る為、止められなくなる。
もしかりに「土地使用権」の売却益を、地方政府に委ねることなく、全て中央政府の財源にしていれば、全国の土地がここまで地上げされる事は無かったと言われている。
一方、需給バランスを無視して、なぜ不動産の買い手が絶えることなく付き続けたか、不思議に思う人は多いだろう。
確かに、純粋にマイホームとして家を買う場合は、実需であるためバブルになりにくい。
だが中国の場合は、住む目的ではなく「投資用」に不動産を買った個人が圧倒的に多かったのである。
日本とは異なり、中国では株式のインサイダー取引が横行している為、株式に投資する個人投資家は少ない。
その代わりに、一般の個人投資家にとっては、不動産投資が最大の投機対象となっていたのである。
地方政府とデベロッパーが共謀して地上げをし、地価が高騰している流れに便乗して、個人で不動産を買って高値で売却し大儲けした人々が、中国国内には大量に存在した。
地上げを画策する地方政府やデベロッパーに加えて、こうした個人投資家が数多く存在することによって、さらにバブルに拍車がかかったのである。
これらの土地財源によって市のインフラは充実し、地方都市の景観も様変わりしたが、バブルが崩壊して財源が無くなると、インフラの維持やメンテナンスさえ出来なくなるという問題が発生した。
さらに、日本の比ではない大規模の不動産バブルが崩壊したことによって、数多くの個人投資家が破産の憂き目に遭った事もまた事実である。
中国富裕層の国外流出
そして中国経済「三重苦」の第三が、「富裕層の国外流出」である。
これまで中国経済を支えてきた富裕層が続々と国外に移住すれば、彼等が築いてきた経営資源も失われ、やがて国内には貧しい人々だけが残されることになる。
中国の大手通販サイト「アリババ」を成功させたジャック・マー(馬雲)会長は、当局への断りなしに米トランプ大統領に会ったり、中国政府を公然と批判するなどした結果、2020年に「アリババ」のトップの座から失脚させられた。
『潤日(ルンリィー)』(舛友雄大著、東洋経済新報社)という著書によると、ジャック・マー氏は「失脚」後、日本に移住し、各地の観光地や温泉めぐりを堪能しているとの事である。
因みに「潤(ルン)」とは、中国語で「逃亡」を意味する。
そして「潤日」とは「日本への逃亡」という意味で、文字通り中国から脱出して日本に逃げ込む富裕層が増加している現象を表す言葉として、中国国内で流行語になっているという。
ジャック・マー氏に象徴されるように、「もう中国には帰国しない。日本に定住して、豊富な資金で悠々自適に暮らしたい」という新しい中国人集団が、続々と日本に移住し始めている。
『潤日』によれば、不動産開発王として名高い「万科」創業者の王石氏は現在、東京都心のタワーマンションに夫婦で住んでいる。また杉杉(チャンチャン)集団の鄭永剛氏は日本に移住後、東京の広尾病院で亡くなったという。
ジャック・マー氏、王石氏、鄭永剛氏は、それぞれ中国の急速な経済勃興を担ってきた著名な経済人である一方、習近平政権に対しては距離を置いてきた人物であった。
彼等の多くが日本に移住しているのは、習近平の独裁的国家体制の中で、突然逮捕されたり拘禁されたりする危険性を感じている事情もあるという。
『潤日』に挙げられている日本への移住者は、単なる「逃亡者」というよりは、むしろ中国の未来を見据えて前向きに行動している人々である。
またそれに加えて、香港の事実上の併合に反対し、日本に逃亡してきた言論人や資本家も大勢いる。
こうした「潤日」が急増している理由は、現在の中国には、富裕層にとって大きなデメリットが存在する為である。
どんなに資産を作っても土地私有は禁じられており、あくまでも国から認可された「借地権」を保有しているに過ぎない。
またたとえどんなに大金持ちであっても、党や国家の意思で突然、財産を奪われたり、庶民の座へと引きずり降ろされるリスクを抱えている。
一方、日本に移住すれば、それらの心配が全く無い事が、中国人富裕層を日本へと引き付ける最大の要因である。
中国人富裕層にとっては、東京のタワーマンションなどは、円安も相俟って割安で買える手頃な価格の住宅である。
その上、日本では土地も建物も「私有財産」である為、国家に接収される心配が無い。
因みに中国からの「潤」(逃亡)は、日本に限らず、世界各国で増加し続け、シンガポールやタイ、米国などにすでに800万人もの中国人富裕層が移民しているという。
日本でも、移住者に占める中国人の割合が非常に増えている。
一般に日本国内では、これまで「中国人移民」といえば、犯罪者集団あるいは不良外国人といったイメージが強かった。
確かに現在でも、日本国内の海岸などで許可なく貝類を漁獲したり、金属類とりわけ銅の価格高騰に目を付けて公共の銅線を大量に窃盗するなど、底辺層の中国人移民が多い事は事実である。
そうしたイメージによって、日本人の多くは中国人を嫌い、中国からの移民が増えることを警戒してきた。
しかしながら、近年では大きく様相が変わってきている。
中国からの移住者の中には、日本人よりも遥かに裕福な中国人が数多くいるという事実を知らなければならない。
さらに日本国内の都市部には、各所に中国人専用クラブが開設されている。
これは高級社交クラブであり、中国の現体制に不満を抱く富裕層が、日本国内のそうした場所に集まって情報交換をしているという。
また、中国人の便宜を図る為に作られたいくつかの秘密の「地下銀行」が存在する。
中国では、自国通貨の国外への持ち出しは厳しく規制されており、上限金額を超えて持ち出せば厳罰に処される事になる。
そのため中国で稼いだカネを日本に送金する場合には、正規の銀行は使えない。
しかし「地下銀行」を経由すれば、中国から莫大な財産を日本に移転させて隠しておく事が出来る。
カネさえあれば、円安で治安も良く、言論も自由で、当局からの監視も無い日本は、中国人富裕層の避難場所としては最高の国なのである。
一方、中国においては、不動産バブル崩壊に伴う経済不況に伴って貧富の格差が極端に進み、社会は少数の富裕層と大多数の貧困層に二極化している。
こうした格差が進めば、やがて中国は内部から分裂し、帝国は瓦解するであろう。
またそうした歴史を繰り返してきたのが中国なのである。
過去数千年にわたり、中国の歴代王朝のほとんどは、農民の大規模反乱がきっかけとなって滅亡してきた。
しかしながら、近い将来に中国で起きる革命の火付け役は、必ずしも農民反乱とは限らない。
なぜならば、今日の習近平独裁体制に最も敵対しているのは、農民層よりもむしろ富裕層であるからである。
習近平政権によって財産を奪われたり、生命の危険に晒されている富裕層は、共産党独裁体制とは決して相容れない階層なのである。
本格的に開始された中国の「越境弾圧」
7月1日、中国で「民族団結進歩促進法」が施行された。
「民族団結進歩促進法」は全7章65条から成り、「中華民族」の概念を建前にして、少数民族の存在を否定する法律である。
この法律は、3月の全国人民代表大会において可決採択されたものであるが、その背景には、上記に述べたような中国経済の悪化に伴う人心の離反という問題がある。
とりわけ富裕層の国外流出といった事態は、中国社会にとって大きな打撃であり、他の階層にも波及する惧れがある。
そこで中国全体を引き締め、中国人民を固く団結させねばならない、として制定されたのが「民族団結進歩促進法」であった。
この法律の目的の第1は、まず、教育、行政、公共の場における「標準中国語(北京語)」の使用を政策として制度化し、ウイグル語、チベット語、モンゴル語など民族のアイデンティティを支える言語を中国国内から徐々に消滅させようという事である。
言うまでもなく、香港やマカオなどで使われてきた広東語の他、台湾で使われている福建語なども消滅させられる事になる。
また同法の目的の第2は、少数民族の文化や伝統や価値観を保護する行為を、「犯罪」として取締まる事にある。
これまでは批判目的のレッテルでしかなかった「分裂主義」「分離主義」といった用語が、今後はそのまま「罪名」になるのである。
そして同法の目的の第3は、これまでにも度々行われてきた「越境弾圧」を法的に正当化する事にある。
「越境弾圧」は、暴力や恫喝によって他国の社会に萎縮効果を生み出し、他国のメディアや市民に「言論の自主規制」をもたらす効果がある。
その「越境弾圧」を正当化した条文が、第63条の「越境適用条項」である。
「中国国外の組織または個人が、民族の団結を破壊し、民族分裂を扇動する行為を行った場合、法に基づき法的責任を問われる」(民族団結進歩促進法 第63条)
因みにこの条項の取締り対象は、国外の中国人や華僑や華人だけではない。
実は日本人や欧米人をはじめ国外の外国人も全てこの条項の対象であり、当事者が中国を訪問した時点で逮捕されることになるのである。
そのような恐るべき法律が施行された直後、台湾において「矢板氏襲撃事件」が発生した。
7月6日正午頃、産経新聞前台北支局長で、台湾を拠点に活動するジャーナリストの矢板明夫氏が、台湾中部の台中市内のホテルで開催されたイベントでの講演を終え、会場を後にしようとした際、ホテルのロビー付近で暴漢に襲撃された。
矢板氏は医療機関で診察を受け、幸い大事には至らなかったが、この事件は単なる傷害事件ではなく、台湾における言論の自由を脅かす政治的事件として台湾当局も重大な関心を寄せている。
台湾警察は同日午後4時頃、台中国際空港の搭乗待合室で廖容疑者(33歳・男)を逮捕した。
廖容疑者は中国広東省出身で、香港の居住資格を取得し、香港特別行政区旅券を所持していた。
検察側は、廖容疑者が台湾に固定の住居を持たない国外在住者であることに加え、犯行後に速やかな出国を図ったことや衣服を処分したことなどから、「受託による計画的な越境暴行」と判断した。
また本事件は、中国が推進している「越境弾圧」の新たな局面を示すものとして注目されている。
対中政策を担う台湾大陸委員会は、容疑者が中国広東省出身で香港特別行政区旅券の所持者であることを明らかにした上で、この事件について中国による「越境弾圧事件」であると発表した。
さらに台湾政府は、矢板氏襲撃事件を単なる傷害事件ではなく、中国で「民族団結進歩促進法」が施行された事に伴う事態とし、「国家安全保障に関わる重大事案」として位置づけている。
今回の事態を受けて、台湾行政院の卓栄泰院長(首相)は、「越境弾圧」に対応する省庁横断の対策プラットフォームを設置する方針を表明した。
また台湾の蕭美琴副総統は、本事件について「台湾への警鐘であり、私達は決して暴力を容認しない」と強く非難する談話を発表した。
因みに今回の襲撃事件の真のターゲットは、矢板氏ではなく蕭美琴副総統だったのではないか、という説も浮上している。
7月6日に事件現場のホテルで行われたイベントでは、矢板氏が午前に講演し、午後に蕭美琴副総統が参加する予定だったが、蕭美琴氏は直前に出席をキャンセルしていたという。
蕭美琴副総統が不在だった為に、代わりに矢板氏が襲われたという事も考えられる。
近年では、中国が海外で反体制派や中国民主化を唱える人物を監視・威圧する「ロングアーム(長腕)管轄」が、世界的に問題視されている。
国外から実行犯を送り込み、現地の協力者を通じて標的を襲撃した上、速やかに国外へ離脱させるという犯罪手法が「国家主導」によって実行されているのだとすれば、単なる刑事事件では済まされない。それは日本や西側諸国にとっても重大な安全保障問題なのである。
「越境弾圧」の手法は、暴力や恫喝によって他国の社会に萎縮効果を生み出し、他国のメディアや市民に「言論の自主規制」を促す効果がある。
このように数千年の王朝の後継者である中国共産党は、人間社会を支配する技術に関しては卓越しているのである。
中国共産党系マフィアの暗躍
矢板氏に対する襲撃事件は、台湾と日本の他、欧米メディアでも大きく報道され、中共の暴力による国境を越えた言論弾圧として国際的にも非難の声が上がっている。
これに対し、中国側の国務院報道官は、「個人の義憤に駆られた行動であって、偶発的事件に過ぎない」などと容疑者を擁護した。
さらに同報道官は、「民進党当局はこれを政治的に操作して、民族団結法を無理やり関連づけて歪曲し中傷している。その目的は両岸の対立を煽り、台湾の市民を間違った方向に誘導し威嚇することだ」
「民進党当局はこの香港人男性の正当な権益を侵害してはならず、その人身、財産の安全が侵されないよう保障しなければならないと厳重に警告する」などと開き直った。
まともな国家であれば、自国民が他国民に対して暴力事件を起こした場合には、当局者がまず公式に遺憾の意を表明した上で、「容疑者は法に基づいて厳正に裁く」と明言するのが通常である。
ところが中国当局は、襲撃事件の実行犯を「義憤にかられた個人の行動」として擁護した上に、台湾政府に対して「(実行犯の)正当な権益を侵害してはならず、その人身、財産の安全が侵されないよう保障しなければならない」などと威嚇しながら事件を正当化しているのである。
こうした対応一つを見ても、中華人民共和国が如何に非常識で異常な国家であるかがよく分かるであろう。
台湾の大陸委員会は、「近年台湾で注目を集める重大な社会事件が発生するたびに、中国大陸の事務弁公室はいつも待ちきれない様子で当事者や容疑者を擁護し、無実を訴えるとともに、『政治的迫害』や『政治的弾圧』といったレッテルを貼っている」
「今回はその度を越しており、暴力犯罪を非難するどころか、むしろ『義憤』として美化している」
「中国共産党の今日の発言は、公然と嘘をついているか、台湾の人々を皆、馬鹿扱いしているかのどちらかだ」と反論している。
また台湾紙「鏡報」は、矢板氏襲撃事件は中国共産党に雇われた香港マフィア「和勝和」の仕業であると報じている。
「和勝和」は「14K」や「新義安」など香港発祥の犯罪組織とともに、中国共産党の要請に応じて香港の民主化運動に暴力弾圧を実行してきた香港マフィアである。
2019年の香港民主化運動の際にデモに参加した香港市民を、元朗駅構内で襲撃した「元朗事件」の実行犯も「和勝和」であった。
これまでも中国共産党は、再三にわたり香港マフィアを雇って国外在住の中国人に対する「越境弾圧」を実行してきた。
香港や台湾のみならず、東南アジアでの中国民主活動家の誘拐などを請負っているのも、そうした香港マフィアだと言われている。
彼等の資金源は、中国共産党統一戦線部から流れている。
謂わば「中国共産党系マフィア」である。
だが、2019年に香港で「国家安全法」が施行され、それに伴い中国共産党直属の「国家安全署」が香港に設置された。
その為、それ以降は民主派の香港市民を弾圧するのは「国家安全署」の仕事になり、香港マフィアの仕事は失われた。
そこで中国共産党統一戦線部は、香港マフィアが稼げる場として、台湾や東南アジア等において新たな「仕事」を提供するようになった。
矢板氏襲撃事件も、中国共産党統一戦線部が香港マフィアに与えた仕事の一つに他ならない。
ただし中国の場合、こうした事は決して不自然な事ではなく、むしろ当たり前の事なのである。
毛沢東が愛読していた「水滸伝」に登場する梁山泊の英雄達は、当時の治安当局から追われた山賊の集団に過ぎなかった。
また国共内戦当時に毛沢東が指導していた共産党ゲリラの多くは、中国国内では「革命の英雄」とされているが、もともとは大部分が犯罪者やならず者であった。
そして現在では、中国共産党に協力している限り、香港マフィアも「民族の英雄」なのである。
他国での犯罪や暴力、暗殺でさえ、「民族団結無罪」や「愛国無罪」と擁護されることになる。
今や香港マフィアは、「民族団結進歩促進法」によって中国当局から保護され、犯罪は「義憤」とされ、犯罪者は「英雄」として扱われるようになった。
中国とは、本来そのような国である事を忘れてはならない。
日本にも必要な「越境弾圧阻止法案」
7月14日、米民主党のアダム・シフ上院議員と共和党のジョン・カーティス上院議員は、「外国政府による越境弾圧への刑事対応を強化する超党派法案」を提出すると発表した。
所謂、「越境弾圧阻止法案」である。
「越境弾圧」を米連邦刑法に定義し、別の犯罪行為の一環として「越境弾圧」を実行、未遂、共謀した場合は、刑を最長10年上乗せし、最大10万ドルの罰金を追加する、という内容の法案である。
同法案は、外国勢力またはその工作員・代理人が国境を越えて行う嫌がらせ、強要、脅迫、権利行使の妨害・報復、超法規的殺害などを「越境弾圧」と定義する。
「越境弾圧」の行為の全部または一部が米国内で行われるか、米国民、合法的永住者、行為時に米国内にいた人物を対象とする場合が該当する。
「越境弾圧」の行為例としては、監視、ストーキング、沈黙の強要、身体的危害、拉致、殺害の企図等である。
なお法案では、人工知能(AI)を使った「越境弾圧」を防止・捜査・対処する政府戦略の策定も盛り込まれている。
この法案が可決されれば、米国の連邦法において初めて「越境弾圧」という犯罪が明確に定義されることになる。
この法案が、中国の「民族団結進歩促進法」に対抗して提出された事は明白である。
また台湾での矢板氏襲撃事件も影響しているであろう。
こうした「越境弾圧阻止法案」のような法律は、我が国にこそ最も必要な存在である。
日本においても「越境弾圧阻止法案」を本格的に議論し、早急に制定しなければならない。
しかしながら高市政権は、今回の矢板氏襲撃事件や中国の「越境弾圧」に対して、何ら対応をしようとしない。
日本の国会は、まるで国際問題を扱う事をやめたかのように、「副首都構想」や「国旗損壊罪」や「皇室典範改正」など、さほど緊急性の無い法案の審議にばかり集中している始末である。
「副首都構想」や「国旗損壊罪」や「皇室典範改正」といった法案は、もっと慎重に時間をかけて国民的な議論を重ねるべきであって、何も今回の国会で慌てて審議する必要など無かったはずである。
わざわざ国会会期を延長してまで審議を続けるのであれば、中国による「越境弾圧」や「民族団結進歩促進法」に対する日本国家としての対応を、最優先に議論しなければならなかったはずである。
一体何の為に日本の国会があるのか、理解に苦しむと言わざるを得ない。
今回襲撃された矢板氏は、中国通の日本人ジャーナリストとして活躍し、日台の架け橋の役割を担ってきた人物である。
台湾政府は、今回の事態を大々的に取り上げて本格的に対策を立てようとしている。
事ここに至っては、日本政府や国会が何もせずに無視を続ける事は、国際的にも許されないのである。
中国が「越境弾圧」の最初のターゲットとして日本でも著名な人物を襲撃したのは、中国の恫喝が台湾だけでなく日本に対しても明確に向けられている事を意味する。
今回施行された「民族団結進歩促進法」では、「越境適用条項」により、中国人だけでなく日本人も訴追対象になる。
果たして日本政府は、中国の「越境弾圧」に対して危機感を抱いているのだろうか。
今後は数多くの日本人が、訪中時に「民族団結進歩促進法」を根拠に罪が問われ、逮捕拘束される可能性が出てくることになる。
また日本国内あるいは中国以外の海外においても、日本人が中国共産党系マフィアによる「越境弾圧」の被害者になり得る危険性がある。しかもその場合、中国の司法当局は加害者側の擁護に回るであろう。
そのような事態が頻発した場合、日本政府は日本人を救済する為の対策があるのだろうか。
また言うまでもない事であるが、日本政府の役割は、日本人を守る事だけではない。
日本国内にいる外国人の安全を守る事も、日本政府の任務である。
今後は、旅行または留学や仕事などで来日している中国人が、日本国内で中国共産党系マフィアによる「越境弾圧」の被害者になる事態も十分にあり得るのである。
なお欧州のEU議会や人権団体などは、中国に対して「民族団結進歩促進法」の撤回を求めている。それは当然の動きである。
一方、日本の政府や国会は、あたかも中国の「民族団結進歩促進法」など気にしないかのように、完全に無視を続けている。
しかしながら、無視を続ける事は、承認したものと解釈される事になる。
政府または国会は、中国の「越境弾圧」や「民族団結進歩促進法」に対する日本国家としてのスタンスを、世界に向けて宣明する必要がある。
EU議会のように、同法の撤回要求を国会で決議する事も一つの方法である。
また米国に倣って「越境弾圧阻止法案」を国会で本格的に審議する事も重要な課題である。
先進国の議会で、国内問題ばかりを議論している国は日本だけであろう。
政府や国会がこのような状態で、果たして極東有事の際に速やかに正しい対応が出来るのかどうか疑問である。
憲法改正議論も結構であるが、緊急事態条項の議論をする前に、そもそも政府にそのような能力があるのかどうかが、先ず問われるべきであろう。
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