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高市首相の「売国政策」によって亡国の道へ

「日本売り」の行き着く先は米国の植民地

[2026.3.1]



日本の高市早苗首相(左)と米国のドナルド・トランプ大統領(右)
横須賀米海軍基地に寄港中の原子力空母「ジョージ・ワシントン」上にて (2025.10.28)
PHOTO(C)LEUTERS


「圧勝」の次には「惨敗」する総選挙の法則



 去る2月8日の衆議院総選挙において、高市自民党は316議席を獲得して圧勝した。

 先般の衆議院解散をめぐり、高市首相は1月19日の解散表明会見で、通常国会冒頭で解散する理由をこう語っていた。

「国会で、国論を二分するような大胆な政策、改革にも、批判を恐れることなく果敢に挑戦していくためには、どうしても国民の皆様の信任が必要です」

 しかしながら、肝心の「国論を二分する重要政策」が何であるかについては一切明らかにされなかった。

 そもそも政策が分からないのであれば、「国民の信任」も何も無いであろう。

「国論を二分する重要政策」があるのならば、先ずは通常国会の予算審議の中で、徹底した国会論戦を行うべきであった。

 国会論戦を行えば、高市政権が考える重要政策の詳細や問題点などが白日の下に晒され、広く一般国民にも知られるようになる為、その上で総選挙を実施すれば、より公正な民意が反映されたはずである。

 しかしながら高市首相は、一切の国会論争から逃避し、NHKの「日曜討論」までドタキャンした結果、総選挙において史上空前の勝利を収めたのだった。

 衆議院で3分の2の議席を占めれば、とんでもない法案であっても、可決成立させる事が出来るようになる。

 そして高市政権は、「国民の信任」が得られたのだから、とのような法案も「国民の意思だ」と主張するだろう。

 このように、先般の総選挙によって高市首相が手に入れたのは、国民からの「白紙委任状」であり、それを自由に行使出来るという独裁的な権限であった。

 これは、日本の民主主義を根底から脅かしかねない深刻な問題である。

 因みに衆議院総選挙の場合、「圧勝した次の選挙は惨敗する」という法則がある。

 中曽根政権下の1986年、自民党は衆参同日選挙で圧勝し、衆院で300議席を獲得したが、3年後の1989年の参院選では、消費税反対の世論によって自民党は大敗し、土井たか子の率いる社会党が議席を大きく伸ばした。

 また小泉政権下の2005年の総選挙では、自民党は「郵政改革」を唱え、衆院で296議席獲得という歴史的勝利を得たものの、4年後の麻生政権下で実施された2009年の総選挙では「年金問題」で自民党は大敗して119議席にまで落ち込み、民主党に政権を明け渡すことになった。

 しかしながら、308議席を獲得して圧勝した民主党は、その後、東日本大震災やそれに伴う福島原発問題などの混乱もあり、3年後の2012年の総選挙では4分の1以下の57議席へと議席を激減させ、政権は294議席を獲得した自民党の手に再び戻った。

 このように総選挙は「振り子」の原理のように、一方向に大きく振れた場合には、その反動もまた大きくなる世界である。

 従って、今回316議席という地滑り的大勝を果たした高市自民党も、次回の総選挙では大惨敗して議席を激減させる事は十分にあり得ると言える。

 むしろ大惨敗する事が当然なほど、現在高市政権が掲げている諸政策は、すでに失敗が確定しているのである。

 とりわけ高市首相の看板政策「責任ある積極財政」が最大の問題となるだろう。

 高市首相の不用意な発言が混乱をもたらしているのは、何も「台湾有事」発言だけではない。

 現在高市首相が唱える「積極財政」に対して、世界は危険視しているのである。

 解散表明の際に高市首相が述べた「行き過ぎた緊縮志向の流れを終わらせる」という発言は、国際金融市場から見れば、「財政規律の放棄」と受け取られることになった。

 膨大な財政赤字を抱えている中で、減税したり国債を発行すれば、財政リスクが増大するため、通貨や債券が売り浴びせられることになる。

 その結果、日本国債は大暴落し、長期金利の急騰を招いたのであった。

 そもそも、国家財政が大赤字を抱え、円安局面が続く中で、積極財政を掲げる事自体が、「放漫財政」を宣言した事に等しい行為なのである。

 放漫財政はさらなる円安要因となり、すでに国民生活を苦しめている物価高に一層の拍車を掛けることになる。

 このように国際金融市場は、高市首相の経済政策に対して「NO」を突き付けているのである。

 今後、高市首相は「舌禍」が原因で政治生命を失う可能性が高い。

 高市首相は、不用意な発言が多過ぎるのである。これが命取りになるであろう。

 例えば高市首相は、「物価高対策に取組みます」と言いながら、同時に「積極財政」をも唱えている。

 これは明らかな「二枚舌公約」であり、首相としての資質が問われるレベルの問題である。

「物価高対策」と「積極財政」という、絶対に両立し得ない矛盾した政策を平然と言い放つ高市首相は、国民に嘘をついているのか、あるいは経済について何も知らないか、のどちらかなのである。

 積極財政で大規模予算を組み、赤字国債に依存して物価対策をしても、結局は円安インフレを進めてしまうだけであり、それはさらなる物価高となって跳ね返ってくることになる。

 財源の無い積極財政はインフレをもたらす。また赤字財政で減税をすればインフレになる。

 なぜなら、財源が無ければ赤字国債を乱発する以外に無く、円下落、日本国債下落、長期金利上昇という流れが避けられない為である。

 今や社会問題にまでなっている物価高に関しては円安の影響が大きい。

 食料や資源・エネルギーの大半を海外から輸入する日本にとって、円安は大きなマイナスである。

 円安になれば輸入物価が上がり、物価高が加速される。

 さらに、食料やエネルギー価格の高騰によって、中小企業や国民の生活は大打撃を被る事になる。

 ところが高市首相は、1月31日、川崎市での街頭演説で、「今、円安だから悪いと言われるが、輸出産業にとっては大チャンス。円安でもっと助かっているのが、外為特会というのがあるが、これの運用、今ホクホク状態です」などと発言した。

 高市首相によるこの「舌禍騒動」を受けて、一気に円安が進行し、2月4日には、円相場は一時1ドル157円台にまで下落した。

 高市首相は円安について、「輸出産業にとっては大チャンス」などと言っているが、一体いつの時代の話をしているのだろうか。

 現在の日本では、輸出企業は激減しているため、円安のメリットは極めて限定的である。

 そもそも円の通貨価値が下落しているのは、日本の国内産業力が失われた結果なのである。

 因みにトヨタやソニーのような超優良企業は、すでに国内企業ではなく多国籍企業であり、製品の大半が海外における現地生産である。

 円安が止まらない根本原因は、日本国内の産業力が失われた為に、円が下落し続けているのである。

 しかも下落率から見た場合、日本円は今やトルコ・リラ並みの弱い通貨なのである。

 さらに高市首相は、「外為特会は今ホクホク状態です」などと言っているが、外為特会の含み益を財源として期待するのは大間違いである。

 外為特会すなわち「外国為替資金特別会計」は、あくまで通貨危機のような非常事態に備えた特別会計であって、そこでいくら収益を上げたとしても、それが一般会計予算に回されることは無いのである。

 今さら言っても仕方のない事であるが、先般の総選挙の前に、高市政権の「無責任な積極財政」がもたらすリスクについて、国民的な議論をもっと数多く重ねておく必要があった。



「日本売り」の売国政策に狂奔する高市首相



 高市首相は、経済・財政政策については「アベノミクスを継承する」などと明言している。

 アベノミクスとは、「国債依存の積極財政を日銀がファイナンスして支える」という、財政規律を完全に無視した「禁じ手」の財政政策のことである。

 本来、中央銀行が決してやってはならないのが「国債の無制限の引き受け」である。

 なぜならそれは国家財政を確実に破綻させるからである。

 もし国債の日銀引き受けをどうしてもやらざるを得ない場合は、あくまで一時的な特別対応としての応急措置に限られる。

 しかしながらアベノミクスでは、国債の日銀引き受けが常態化し、あたかもそれが当然であるかのように、10年近くも継続して実施された。

 日本経済は、「麻薬」を10年間も打ち続けられた為に、すでに「廃人」状態に陥っている。

 その結果、日本経済は再生不可能なレベルまで落ち込んでしまったのである。

 アベノミクスが発動して以降、日本国の財政は破綻に向かって加速度を上げながら突き進んでいる。

 円が弱くなれば、外国人投資家が割安になった日本株を買う為、日本の株価は上昇したように見える。

 しかしながら日本株をドル換算すれば、日本株はドル・ベースではほとんど上昇していない事が分かる。

 従って日本経済を診断する上で重要な指標は、株式相場ではなく、為替相場と債券相場なのである。

 今や国際金融市場では、通貨円のみならず日本国債も「売り一色」で、長期金利は大幅に高騰している。

 これがアベノミクスの「なれの果て」である。

 それにも関わらず、安倍晋三の子分であった高市首相は、「アベノミクスの継承」を宣言し、いよいよ瀕死状態の日本経済にとどめを刺そうとしているのである。

 高市首相は就任早々、衆院予算委で、財政健全化の指標となる基礎的財政収支(プライマリーバランス)について「単年度の黒字化目標を取り下げる」との考えを表明した。

 その代わりに「責任ある積極財政」と称して、政府債務残高の対GDP比を引き下げる政策を打ち出した。

 つまり高市政権は「責任ある積極財政」の名の下に、インフレ政策を推進しようとしているのである。

 インフレにすれば、実質成長が無くても名目GDPが増え、相対的に債務残高は目減りする。

 またインフレなら税率を上げなくとも消費税や所得税の税収が増える。

 さらにインフレであれば、実質賃金が低下していても、名目賃金は上昇する為、「賃金上昇はサナエノミクスの成果だ」としてアピール出来る。

 このように、高市首相の言う「物価高対策」とは、物価を下げる政策ではなく、実は「物価を高くする政策」なのである。

 アベノミクスの継承を唱える高市首相は、今後も円安政策を推進するつもりであるが、円安は輸入物価を引き上げ、輸入物価の高騰は国内のあらゆる物価を底上げする。

 一般庶民にとっては、名目賃金が多少増えたくらいでは物価上昇に追い付けないであろう。人々の生活はますます困窮する。

 しかも現在進行中のインフレは、需要高によるインフレではなく、コスト高によるインフレであるため、インフレによって企業の利益が上がることは決してない。

 そのため、実質賃金が上がる理由など、どこにも存在しないのである。

 従って、賃金を引き上げた企業から順に資金繰りがショートして「火の車」状態に陥ることになる。

 数年以内に国内企業の倒産件数が激増する事は避けられない。

 高市首相は「強い経済」を作ると言いながら、「アベノミクスを継承する」などと言っている。

 だが、アベノミクスを継承すれば、ますます「弱い経済」になるだけである。

 積極財政で量的緩和を続ければ、通貨の価値が下落するだけである。

 通貨を弱くして、国債も下落させて、一体どこが「強い経済」なのだろうか。

 アベノミクスの10年間は、「日本売り」の売国経済によって日本経済を衰退させ、財政を麻痺させ続けてきた10年間であった。

 歴史的に見ても、歯止めを失った積極財政は、必ず国家破綻に行き着く。

 謂わば積極財政とは、国家が民間経済に対してカンフル剤やモルヒネを打つ行為であるから、必ずいつ終了させるかを予め決めておかなければならないのである。

 アベノミクスという誤った処方箋により、すでに日本経済は「廃人」状態に陥っている。

 日本のGDPは2023年にドイツに抜かれて世界4位に落ちた。

 今年はインドに抜かれて5位になり、2030年には英国にも抜かれると予想されている。

 35年前には世界一だった1人当たりGDPも、今ではOECD加盟38カ国中22位にまで転落し、すでに韓国にも抜かれている。

 国際競争力も、日本は1989年には世界1位だったが、2025年には世界で38位と低迷している。

 もはや日本に経済大国の面影は無く、極東の小国に過ぎなくなった。

 結果としてアベノミクスがもたらしたものは、終わりなきスタグフレーションと「弱い日本」だけであった。

 そもそもアベノミクスは、その出発点から間違っていたのである。

 安倍晋三は、「失われた20年を取り戻す」あるいは「デフレから脱却する」などと叫んでいたが、その前提自体が誤りであった。

 バブル崩壊後の経済低迷やデフレ経済の状態は、安倍政権発足当時、「失われた20年」と呼ばれていた。

 それがやがて歳月を経て「失われた30年」と言われるようになった。

 だが、果たして何が「失われた」のだろうか。

 そもそもバブル経済とは、「投機」によって創出された異常な経済現象であった。

 異常な現象は、その反動によって遅かれ早かれ必ず正常な状態に戻るものである。

 つまり「バブル」が崩壊した事は、むしろ正常に回帰した現象なのであった。

 実体経済から乖離していた投機主導の異常な経済が、元通りの正常な実体経済に戻った現象が「バブル崩壊」であった。

 従って本当は、「バブル崩壊」によって「失われた」ものなど何一つ無かったのである。

 それにも関わらず、安倍晋三は「失われた20年を取り戻せ」などと叫びながら、「日本売り」の売国政策を強行した。まさに狂気の沙汰であり、乱心の極致と言える。

 円安が進行し、円安インフレによる物価高が進行している現在、一般庶民の間では、「デフレの頃の方が良かった」あるいは「デフレ時代の方が生活が楽だった」といった声が数多く聞かれるようになった。

 そもそも「デフレは悪である」と決めつけていた思考そのものが異常なのであった。

 アベノミクスは、その大前提からすでに間違っていたのである。

 実際には、「失われた20年」も「失われた30年」も存在しなかった。

 むしろアベノミクスによって、「失われた日本」になってしまったのである。

 それにも関わらず、「アベノミクスを継承する」などと唱えている高市首相は、明らかに同じ過ちを繰り返そうとしているため、最初からすでに大失敗が予想出来るのである。

 今や国際金融市場は、「日本売り」一色である。

 高市首相が、財源が不明確なまま「食料品は消費税ゼロ」と発言したのを受け、1月20日の債券相場は、10年物国債の長期金利が2・3%を上回り、償還期間が40年の超長期債は金利が4%を超えて急上昇した。

 高市政権の放漫な積極財政下では、長期国債の買い手が付かず、価値が下がる一方なのである。

 米ブルームバーグ通信は、日本における今年1月20日の長期金利の急激な上昇を、「トラス・ショックを想起させる金融危機」として大々的に報じた。

 2022年、英国のトラス政権は、「財源なき大型減税」によってポンド安・英国債安を引き起こした結果、45日間の短命政権に終わった。

 そして現在、世界から懸念されているのは、日本におけるトラス危機の再現、即ち「日本版トラス・ショック」である。

 日本の急激な金利上昇は欧米諸国にも波及するため、ベッセント米財務長官は片山財務大臣に対策を求めた。

 防衛費倍増政策に加え、物価高対策で減税を繰り返せば、いずれ日本でも「トラス・ショック」を引き起こしかねない。

 高市政権は、僅か45日で政権崩壊した英国のトラス政権と同じ失敗をすることになる。

 高市政権によって、いよいよ日本発の経済恐慌が現実味を帯びてきたと言える。

 こうした事から、高市首相が慌てて冒頭解散に踏み切った真の理由が明らかになるであろう。

 高市政権による「財源なき積極財政」および「財源なき減税政策」は、45日で崩壊した英国のトラス政権と全く同じ政策なのである。

 つまり高市政権は、経済・財政政策の失敗の可能性を国会で指摘され追及される事を回避する為に、国会論戦が始まる前に冒頭解散するしかなかったのである。

 円安はインフレによる生活苦をもたらし、長期金利上昇は借金返済に充てる国債費を増加させ、中小企業経営や住宅ローン負担者を苦しめる。

 こうした円安と長期金利上昇の連鎖は深刻な不況をもたらし、GDPを大きく押し下げることになる。

 このように日本の通貨と国債が下落するということは、日本国の価値と信用が下落する事を意味する。

 しかしながら高市首相は、そうした日本国に対する信用棄損行為を、今後もさらに続けるつもりなのである。

 現在、高市首相は「国旗毀損罪」の創設を企図しているが、国旗の毀損よりも、国家の信用を毀損する行為の方が遥かに重罪であるはずである。

「国旗毀損罪」などよりも、先ずは「国家信用棄損罪」を創設するべきではないだろうか。



対米従属政策で日本を植民地化する高市首相



 さらに高市首相は、国際情勢について全く無知である。

 高市首相は、現在の国際情勢が10年前とは根本的に変化している事実に全く気が付いていない。

 今や我が国は、米国との同盟関係の見直しが求められる事態に至っている。

 そもそも「同盟」とは、同じ価値観を共有する国家同士の間で成立するものである。

 トランプの米国が、すでにロシアや中国と同様の「帝国主義国家」へと変貌しつつある以上、日米同盟が根本的に変質する事は避けられない。

 もし今後も引き続き日米同盟を継続したいのであれば、日本も米国と同じく「帝国主義的価値観」を共有しなければならない事になってしまう。

 だがそうした事は、国際社会が認めないし、まず日本国民が許さないであろう。

 確かにかつて日本も帝国主義の道を選択した時代はあった。

 明治時代、朝鮮半島支配を狙うロシア帝国に対抗する為に、英国との同盟を締結した頃には、日本も帝国主義列強の一員として国際社会に参加すべしという国民的総意が存在した。さもなければ、列強によって日本も植民地にされてしまいかねない弱肉強食の国際情勢であった。

 しかしながら、21世紀の日本が歩むべき道は、決して帝国主義の道ではあり得ない。

 我が国の価値観は、あくまでも「国際法」を尊重し、「力の支配」ではなく「法の支配」による国際秩序を維持し、他国の主権を侵害しないという価値観である。

 そうした価値観を共有し得る国々は、EU、英国、カナダ、オーストラリアなど、数多くある。

 それら友好国との関係を「同盟」関係にまで引き上げてゆく事が、21世紀以降の日本外交には絶対に必要である。

 しかしながら「対米従属」一筋の高市首相は、今や帝国主義国家と化した米国からの要求を何でも丸呑みするような政治家である。

 どうやら高市首相は、「帝国主義国の仲間になる」どころか、むしろ「米帝国主義の植民地になる」道を選択したようである。

 本来ならば、首相どころか閣僚になる資質すら無い人物なのである。

 そうした高市首相は、今や防衛費増額に前のめりになっている。

 高市首相は所信表明演説で、防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額目標を2年分前倒しにすると述べた。

 防衛費は、2022年度には5・4兆円であったが、25年度には8・7兆円まで増えた。

 もし米トランプ政権の要求通りに防衛費を対GDP比3・5%へ増額するとなれば、2025年の名目GDPが669・2兆円であるから、その3・5%は23・4兆円になる。

 ただしこれら急激な防衛費増の大半は、米国の軍産複合体の利益になるだけである。

 高市政権発足直後の昨年10月下旬に来日したトランプ大統領は、日米首脳会談の冒頭で、日本側からの大量の軍需品(兵器・艦船・軍用機等)の注文に謝意を示した。

 つまり高市内閣は、臨時国会で補正予算の審議も無いまま、米国製軍需品の新規購入を約束したようである。

 しかも、日本がこれだけの巨額予算を拠出しても、米国は日本に旧式の「型落ち」の軍需品しか売ってくれないのである。

 元海上自衛隊幕僚の軍事専門家の話によれば、米国は日本に対しては、いつも「型落ち」の軍需品を、相場の7倍という法外な価格で売り付けてくるとの事である。しかも日本側はそれらを常に米国側の言い値のまま購入するそうである。

 もしそれが本当であれば、その予算を、日本国内での技術開発と製造に回した方が、長期的に見れば遥かに国益になるはずである。

 少なくとも、日本国民の貴重な血税をドブに捨てるような使い方だけはやめてもらいたいものである。

 このように「防衛費の用途」についても問題だらけなのであるが、さらに重大な問題は、肝心の「防衛費の財源」である。

 米国との間で多額の軍需品購入の約束はしたものの、結局財源が無いから、赤字国債を発行しよう、という流れになる事は明らかである。

 かくして赤字国債の乱発により、世界から日本の信用がさらに失われ、円売り、日本国債売りが加速する事は目に見えている。

 高市政権が推進しようとしている「防衛費倍増政策」と「無責任な積極財政政策」を強行すれば、日本国家の財政破綻リスクはさらに高まる。

 まず高市首相は、財源の根拠もなく、防衛費の倍増をトランプ米政権に約束した。

 昨年10月にトランプ米大統領との初会談が行われた際、トランプ大統領は日本側に対し防衛費を対GDP比3・5%まで増やすよう要求した。

 上に述べたとおり、対GDP比3・5%は23・4兆円になる。

 因みに2026年度予算案における防衛費の予定は約9兆円である。

 かりにトランプの要求に従えば、防衛費はその2・6倍に膨れ上がることになる。

 さらに、昨年末に来日したコルビー米国防次官は、日本の防衛費を対GDP比5%まで引き上げるよう要求してきた。

 対GDP比5%であれば、防衛費は約33・5兆円の巨額になる。これは当初予定の防衛費の3・7倍にも上る。防衛費の「倍増」どころではない。

 そもそも、他国の予算内容に口出しするなど、内政干渉も甚だしいと言わざるを得ない。

 毎年、米国政府から日本政府に対して突き付けられる無理難題の「年次改革要望書」も明らかに内政干渉であるが、これまでに日本政府が米国の要求に従い続けた結果、どれほど多くの日本の国益が損なわれてきたかを、日本政府は真剣に検証するべきである。

 そしてその上で、今や帝国主義路線へと転化した米国からの要求を、日本政府がこれまで通りに唯々諾々として受け容れ続ける事が本当に正しい事なのかどうかを、改めて検討しなければならない。

 少なくとも、このまま我が国の防衛費が膨張し、積極財政の名の下にバラマキ政策が続けられれば、円も日本国債も売られてゆく一方である。その先に待っているのは、国家破綻である。

 高市首相は、経済政策では「日本売り」を推進し、日本を外資の為すがままにさせるなど、日本を米国の植民地にする売国政治家に他ならない。



高市首相に欠落している兵站思想



 内閣総理大臣である高市早苗は、自衛隊の最高司令官でもある。

 その高市首相が最も憧れ尊敬している政治家は、フォークランド戦争を戦って勝利した英国のサッチャー首相である。

 そのため高市首相も、一旦有事の際には自ら戦争を指導したいという潜在的願望を持ち合わせているようである。

 昨年11月7日の衆院予算委員会における高市首相の「台湾有事」発言は、結果として日中関係を悪化させたが、高市首相の潜在的願望が思わず吐露された顛末であったと思われる。

 しかしながら、もし高市首相が本気で「武力による有事対応」を考えているのであれば、戦争を始める前に絶対に確認しなければならないのが、「継戦能力の有無」である。

 第2次世界大戦で日本が敗れた最大の要因が「継戦能力」の欠如であった。

「継戦能力」とは、「兵站」を確保して戦争を継続可能にする能力である。具体的には、兵員の補充、武器・弾薬・燃料・兵糧の補給等の能力である。

 前回も述べたとおり、現在の戦争はウクライナ戦争に見られるように、かつて「戦場制圧」の主役であった航空機や戦車などが、大量のドローン兵器等によって完全に破壊し尽くされる為に、「戦場制圧」は最終的には「人間の頭数」に頼るしかないという性質の戦争である。

 つまり、兵員の頭数が少なければ占領地を維持する事さえ出来ないのが、現在の戦争なのである。

 今日、ドイツをはじめ欧州各国で続々と「徴兵制」が復活しているのは、そのためである。

 一方、日本では今後、高市首相が憲法改正に本格的に取り組むであろうが、それと同時進行で、我が国においても「徴兵制」の導入が検討されるであろう。

 今後の戦争は、兵員の頭数で決まるからである。

 しかしながら、兵員の頭数を増やす以上に重要な事は、「食料の確保」である。

 この事を知らなければ、国を亡ぼす事になる。

 なお高市首相は、首相就任前の2024年発行の『国力研究』(産経新聞出版)の中で、自らが描く国家安全保障戦略について述べている。

 その中で高市早苗は、「我が国の安全保障に関わる総合的な国力の主な要素」と題し、重要度の高いものから順に、「外交力」「防衛力」「経済力」「技術力」「情報力」の5項目を掲げている。

 しかしながら、食料補給や兵站といった「食料安全保障」の重要性については、全く頭に無いのが高市早苗の特徴なのである。

 歴史を見れば明らかであるが、「継戦能力」において最重要の兵站は「兵糧」である。

 ナポレオンのロシア遠征で40万人のナポレオン軍が壊滅し、僅か5千人しか帰還出来なかった最大の原因は、戦闘で敗れたのではなく、ほとんどが餓死であった。全ては食料補給に失敗した結果であり、自らが招いた滅亡であった。

 同様に、第2次世界大戦において、日本軍では280万人もの兵員が戦死したが、実際の戦闘で亡くなったのはその内の1割も無く、9割以上が餓死または疫病死であった。

 中でも「史上最悪の作戦」と言われるインパール作戦は、英国領インドから重慶の蒋介石政府への補給線(=援蒋ルート)を断つ事によって、蒋介石政府を降伏に追い込もう、という壮大な作戦であった。

 だが奇妙な事に、敵側の補給を断つ事を目的として立案された作戦であるにも関わらず、東京の大本営は肝心の日本軍の補給については全く考慮しておらず、結局日本軍が先に干上がって全滅してしまったという、まるで落語のネタのようなオチであった。

 このようにインパール作戦は、決して笑えない悲劇であったが、今や高市首相は、インパール作戦と全く同じ失敗を、国家的規模で繰り返そうとしているのである。これは悲劇というより、むしろ茶番と言わざるを得ない。

 戦争の勝敗を決めるのは兵器ではない。

 兵站を軽視した軍が自滅するだけなのである。

 安全保障の要は、兵器よりも兵站なのである。

 軍事の世界では、「愚将は兵(作戦)を語り、賢将は兵站を語る」という格言がある。

 戦争の勝ち負けは、兵器や戦術よりも、むしろ食料補給や兵員補充や輸送など後方支援との連携で決するという意味である。

 第2次世界大戦で日本軍は「兵站」を軽視した結果、ニューギニア、ガダルカナル、インパール等において、兵糧の欠乏により莫大な数の兵士達の生命が失われた。

 人間の生存に不可欠な食料、特に日本人の主食であるコメの生産と備蓄を確保する「食料安全保障」を、高市氏が前出の5項目と同列に掲げていない事は、高市氏の首相としての資質の無さを物語っている。

 高市首相は、どうやら歴史には詳しくないようで、兵糧や食料補給などの「兵站」の思想が完全に欠如している。

 この事は、高市首相が付け焼き刃的な「防衛音痴」であり、一国の国軍の最高司令官としては絶対的に不適格である事を意味している。

 今後の高市首相が、80年前に我が国を敗戦に追い込んだ無能な大本営と同じ過ちを繰り返す事は、火を見るよりも明らかなのである。



国家安全保障の最重要戦略は「食料備蓄」



 2022年における西側主要国の食料自給率は、オーストラリアが247%、カナダが177%、フランスが118%、米国が101%で、これらの国々は小麦やトウモロコシの輸出国でもある。

 また、ドイツは79%、英国は59%、イタリアは52%と、いずれも50%を上回っている。

 一方、ロシアは2014年のクリミア併合以降、諸外国から経済制裁を受け続けてきた為、穀物や肉類を中心に食料自給率を大幅に向上させる政策をとり、現在では多くの主要食料で100%近い高水準を達成している。

 この約10年間に、ロシアでは豚肉や鶏肉などの畜産物や野菜の国内生産が劇的に増え、食料安全保障が強化されている。

 またそのおかげで、ロシアは4年もの長期にわたるウクライナ戦争の継続が可能になっているのである。

 中国は、コメ、小麦、トウモロコシは自給自足が可能な態勢である上に、穀物に関しては14億人の国民が1年間に消費する量を賄えるだけの備蓄が確保されている。

 米国農務省の推計によると、中国の2025年度の期末在庫は、コメ約1・05億トン、小麦約1・25億トン、トウモロコシ約1・8億トンと、圧倒的な備蓄量が存在する。

 このように中国の穀物在庫は極めて大きい水準にある。

 万が一、日本と中国が戦争になった場合、長期戦に持ち込まれたならば、日本に勝ち目は無い。

 因みに日本の食料自給率は、2024年時点で38%と、飢餓国家の様相を呈している。

 しかも我が国は四面を海に囲まれており、海上封鎖されたら干上がるしかない状態にある。

 確かに、周囲を海に囲まれている日本列島は「天然の要害」であり、そのおかげで他国からの侵略を受けなかったという利点がある。

 しかしながらこれは裏を返せば、一旦海上封鎖された場合には、日本列島が完全に周囲から隔絶された孤立状態となる事を意味する。

 謂わば日本列島自体が「備中高松城の水攻め」状態に置かれることになるのである。

 かりに日本を占領しようと思えば、銃弾などは全く必要ない。日本列島の周囲を海上封鎖し、海上輸送路を断てば、それで事足りる。後は干上がるのを待てば良いだけなのである。餓死者は6千万人を下らないであろう。だがその前に無条件降伏してくるだろう。

 つまり日本は、「自給自足」が出来ない限り、海上封鎖されたら降伏する以外に無い脆弱な国家なのである。

 欧州の西側先進国と日本が決定的に違う点は、いざという時に「陸続き」で食料を融通し合える友好国が隣接しているかどうかである。

 上のデータでも分かるように、欧米主要国の中では、英国・ドイツ・イタリアの3カ国は相対的に食料自給率が低い。

 しかしながらドイツとイタリアは、欧州屈指の農業国であるフランスと地続きで隣接しており、さらに欧州最大の穀倉地帯を有するウクライナから陸路での食料調達も可能である。

 また英国は欧州大陸から孤立した「島国」のように見えるが、フランスとは英仏海峡トンネルで直結しているため、事実上は大陸と「陸続き」なのである。

 そのため、英国が海上封鎖によって食料供給が遮断される心配は無い。

 だが、日本はどうか。

 同盟国である米国や、友好国のオーストラリアやカナダは、いずれも食料自給率が100%を超えている国々であるが、日本とは太平洋で隔離されている。

 そのため、敵対国が日本列島の周囲を、機雷や潜水艦を駆使して海上封鎖すれば、海上輸送による輸入は不可能となる。

 そもそも戦争状態になれば、民間の船舶は保険が掛けられない為、たとえ海上封鎖されなくても、全ての民間船が日本に入港出来なくなる。

 こうした地政学的な特異性が、同じ島国の英国とは大きく違う事を知らねばならない。

 海外からの食料輸入が途絶すれば、直ちに日本国内の食料価格は急騰し、経済はハイパーインフレ状態になる。

 かりに食料があったとしても、価格が高騰して買えなくなるであろう。

 さらに輸入途絶が長期化すれば、国内における食料供給そのものが途絶え、餓死者が続出するようになる。

 最早、対外戦争どころではなく、日本中で内乱が多発し、内戦状態に陥るであろう。

 これが食料自給率38%の国家の末路である。

 国防においては、一にも二にも「食料確保」こそが最重要の課題なのである。

 主食の穀物を大量に備蓄する事は、国家の安全保障上、最も重要な課題である。

 過去の歴史を見れば分かるように、戦争が長期化した場合は、武器で殺される人々よりも、飢餓で死んでゆく人々の数の方が圧倒的に多い。

 従って、国防においては「食料備蓄」に最も多くの予算を注ぎ込まなくてはならない事は明らかである。

 しかしながら、日本政府は「食料備蓄」に消極的である上に、減反政策まで推進する始末である。

 ただでさえ食料自給率が低いにも関わらず、さらに主食の生産を減らすなど、国を亡ぼそうとする意図を疑わざるを得ない。

 何よりも、現在の日本の政治家や官僚が、あまりにも歴史を知らなさ過ぎる事が問題である。

 古代中国で、項羽と劉邦が天下の覇権を争った際に、食料の補給を重視した劉邦が最終的に勝利し、食料補給を軽視した項羽が敗れ去った事は広く知られている。

 日本の戦国時代においても、「播磨三木城の干殺し」や「因幡鳥取城の渇え殺し」のような「兵糧攻め」の例がある。

 また先にも述べたように、ナポレオン軍がロシア遠征で壊滅した原因も、食料補給の失敗によるものであった。

 第2次世界大戦における独ソ戦の最大の激戦であったスターリングラード攻防戦では、ソ連軍がドイツ軍の兵站を完全に遮断することにより、ドイツ最強の第6軍は僅か2カ月でソ連軍に降伏した。

 また太平洋戦線において米軍が実行した「飛び石作戦」も、本質は「兵糧攻め」であり、南方に展開していた日本軍の9割以上は「戦死」ではなく「餓死」による死亡であった。

 このように食料は最重要の「戦略物資」であるという事を肝に銘じなければならない。

 かつて日本では、国家総動員体制の延長線上で、戦後も半世紀にわたり、食糧管理制度(食管制度)の下で、政府がコメを生産から販売まで一元管理し、余剰米は政府が農家から買い上げるなど、大量のコメを備蓄する体制が続けられていた。

 しかしながら、食管制度は経費が莫大で赤字が膨らむ一方だった事や、80年代以来の「何でも民営化」のブームの流れで、1995年に「コメ自由化」が実現され、食管制度は事実上廃止された。

 コメ自由化から30年を経た現在、僅か38%という食料自給率の極端な低さは、日本の安全保障上の致命的な欠陥である。

 にも関わらず、改善の兆しは一向に見えてこない。

 それどころか平和ボケした高市政権は、「減反政策」をさらに継続する方針を表明している。

 JA全農や小規模農家を岩盤支持層とする自民党としては、「コメの増産→大量の余剰米→米価下落→小規模農家の廃業→大票田の消滅」という連鎖を危惧している為、「コメの増産」を公言出来ない状態にある。

 しかしながら安全保障の観点から考えれば、大量の余剰米は、有事や大規模災害などの非常時における備蓄米として、国家が責任を以て管理するべき性質の「戦略物資」なのである。

 それでも歴代の自民党政権や霞が関の官僚は、コメの供給過剰が米価下落を引き起こし、稲作農家の収益減になると考え、減反政策を推進してきた。

 しかも国家予算から補助金を出してまで減反をさせているのだから、亡国政策以外の何物でもない。

 そもそも国民の為に、非常時に備えてあらゆる準備をしておく事が、政府の本来の役割であるにも関わらず、それに反して、非常時に多くの国民を死に追いやってしまうような施策を続けているのが、日本の政治家と官僚なのである。

 高市首相は、「コメの増産は必要です」あるいは「食料自給率の向上は重要です」などと時々コメントしているが、「必要」とか「重要」という用語は、あくまで一般論としての発言に過ぎない事を知る必要がある。

 それは、「必要だけど私はやらない」「重要だけど私はしない」という意味である。

 事実、昨年秋の高市内閣発足直後、高市首相は石破茂前政権が目玉政策として推進していた「コメの大増産」を翻し、再び生産調整へと軌道修正した。

 また先般の総選挙に際しても、依然として自民党は公約として「需要に応じた生産・販売を、精度を高めた調査に基づいて進める」と掲げたままである。

 つまり高市政権は「コメの増産」をやる気など全く無いのである。しかもその理由は、自民党の岩盤支持層を手放したくないという為だけである。

 このように、「たとえ国民全員を餓死させても、岩盤支持層の自営農家の生活だけは守る」というのが、高市自民党の方針である。

 何よりも問題なのが、国防を語る際に決して避けて通れない安全保障問題の核心中の核心である「兵糧問題」、即ち主食備蓄の問題が、政府レベルで全く議論されていない事である。

 このままでは確実に亡国である。

 農地が少ない島国の日本は、非常時において海上輸送が滞れば即座に食料が枯渇するという絶対的弱点を抱えている。

 だからこそ主食のコメを含む穀物の生産力と備蓄量は、一旦有事の際には国家の命運を左右する要素となる。

 戦争に際して、兵器や装備の数しか頭に無いのは愚将である。

 戦争に際して、先ず「兵站」について考える人物こそ優れた賢将なのである。

 第2次世界大戦において、日本軍に決定的に欠如していたのが、「兵站」の思想であった。

「兵站」を軽視する軍に継戦能力は無い。

「国軍最高司令官」たる高市首相に最も必要なのは、「兵站」を国家戦略として思考できる能力なのであるが、それが全く欠如している。

 どうやら高市首相は、米国から購入した大量の旧式兵器だけで、日本の防衛は大丈夫だと満足しているようである。

「食料安全保障」の観点から早急に為すべき事は、先ず「コメ備蓄」である。

 これまで政府は約100万トン規模で備蓄米を確保してきたが、その為に要するコストは年間約500億円である。

 因みに日本国民が1年間に消費するコメの量は、約700万トンとされる。

 かりに「コメ1千万トン」を備蓄するとすれば、年間のコストは単純計算で約5千億円となる。

 そこで「食料安全保障」の名目で、それらのコストを丸ごと「防衛予算」に計上すべきである。

「防衛予算」で余剰米を農家から買い上げて、国が備蓄するシステムを制度として確立することである。

 そうすれば、日本国内のコメ農家は、コメ価格の下落を懸念することなく、コメの増産に本格的に取り組めるようになる。

 また減反政策は廃止される。

「コメ備蓄」こそ安全保障の最重要課題であり、防衛費の筆頭に位置付けられなければならない。

 戦争とは兵站であり、兵站の最重要項目は食料確保である。

 言い換えれば「戦争とは食料確保」である。

 同様に「行政も食料確保」なのである。

 備蓄コスト5千億円は、防衛費と位置づければ決して高額ではない。

 因みに、米国から購入して海上自衛隊に配備するイージス艦は、1隻あたり1兆円弱である。来年度、日本はこれを2隻購入する予定である。

 つまりイージス艦1隻の購入費の約半分程度で、国民全員を1年間食べさせる事が可能なのである。

 食料備蓄が十分にあれば、たとえ日本列島が海上封鎖されても、国民は餓死することなく、内乱も回避される。

 国家安全保障の為の経費と考えれば、食料備蓄の重要性は、イージス艦の比ではないであろう。

 今後、高市政権が防衛費を増額するのであれば、増額分を米国からの軍需品購入ばかりに使うのではなく、せめて増額分の中から5千億円程度は「コメ備蓄」の為の予算に回すべきである。

 四面を海に囲まれた我が国にとっては、「コメ備蓄」こそが安全保障の「一丁目一番地」だからである。

 しかしながら、これだけ言っても高市首相には理解出来ないであろう。

 対米従属一筋の売国政治家である高市首相には、一国も早く退陣してもらうしかない。
















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