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世界の自由貿易体制を守る為に何を為すべきか

新たな国際決済通貨の創出に向けて

[2025.6.1]



ロシア占領下のクリミア半島のアートギャラリーに展示された「ヤルタ2.0」と題する作品
PHOTO (C) REUTERS


「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」とは何か



 現在の世界は、10年前と比較すれば、「空気」が全く変わってしまったようである。

 今や国際社会は、「法の支配」から「力の支配」へと転換しつつある。

「自国第一主義」という大義名分の下、「自国の国益追求の為であれば、世界に迷惑をかけても構わない」という、身勝手な政治倫理が世界中に蔓延している。

 ウクライナへの侵略を続けるロシア、台湾への武力侵攻を公言する中国、高関税を発動する米国など、超大国による自己中心の政治姿勢は、世界的規模で「法の支配」と「自由主義」の概念を弱体化させた。

 世界は再び帝国主義的な価値観が主流になりつつある。

 国際社会のパワー・バランスは、冷戦時においては「自由主義陣営 VS 共産主義陣営」という対立軸で語られ、冷戦終結後は「民主主義陣営 VS 権威主義陣営」という枠組みで捉えられてきた。

 そして今や米トランプ政権の登場によって、世界は新たな対立構造を定義し直す必要が生じている。

 現在、欧米の主要メディアは、米国のトランプとロシアのプーチンと中国の習近平による「新三巨頭」で、世界を区割りして分割支配する新世界秩序を構想していると分析する。

 第2次トランプ政権が発足した2025年初め頃から、欧米メディアでは「ネオ・ヤルタ」という用語が頻繁に登場するようになった。

「ヤルタ」とは、第二次世界大戦末期の1945年2月にクリミア半島のヤルタで開かれた米英ソの3カ国首脳による「ヤルタ会談」のことである。

「ヤルタ会談」の議論の中心は、第二次大戦後の世界を米英ソが分割支配し、それぞれの縄張りを決めることであった。やがてその世界の枠組みは「ヤルタ体制」と呼ばれるようになった。

 そして「ネオ・ヤルタ」とは、かつてのヤルタ体制に取って代わる、超大国による新たな「世界分割」の体制を意味する。

 旧ヤルタ体制では、米英ソの3カ国で世界を分割したが、「ネオ・ヤルタ」体制では、米中露3カ国で世界を分割支配することになる。

 米国紙「ワシントン・ポスト」は、「トランプの新秩序=強者の支配と力の正義」と題し、「トランプは米国・ロシア・中国の三極で新しいパワー・バランスとしてのネオ・ヤルタを構想」と論じている。

 また米国紙「ウォールストリート・ジャーナル」は社説で、「トランプは、米国は南北アメリカ大陸、ロシアは欧州大陸、中国は太平洋地域を、それぞれの勢力圏にすることを検討」と分析している。

 さらに英国紙「フィナンシャル・タイムズ」は、「トランプは南北アメリカ大陸を勢力圏に置くモンロー主義を主張」と述べている。

 一方、ロシアや中国においては、2025年に入ってから「ヤルタ2.0」という新しい言葉が生まれ、今や流行語になっている。

 事の発端は、ロシアが占領しているクリミア半島のリバディア公園アートギャラリーに、「ヤルタ2.0」と題する展示作品が登場した事にある。(上記画像参照)

 その展示作品は、中央にプーチン、左側にトランプ、右側に習近平が並んで座っている絵画で、かつてのヤルタ会談を彷彿させる構図になっている。

 1945年以降の世界が米英ソの3カ国によって分割されたように、2025年以降の世界が米中露の3カ国によって分割されるという事を、「ヤルタ2.0」と題する作品は象徴的に表現している。

 2025年初頭に、偶然にも同時期に出現した「ネオ・ヤルタ」と「ヤルタ2.0」という用語は、ほぼ同義語であり、世界の現状理解は東西共通のようである。

 ただし「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」に象徴される新世界体制は、旧ヤルタ体制の単なるメンバー交替版ではない。

 それは米国にとっては、第二次世界大戦後、強大な経済力と軍事力を背景に実現してきた「パックス・アメリカーナ」(=アメリカによる世界平和)の完全放棄を意味する。

 2013年にオバマ政権が「米国は最早世界の警察官ではない」と宣言していたが、十二支が一巡した2025年、その宣言が遂に現実となった。

 しかも米国は、警察官としての役割を放棄しただけではなく、中露と同様の「ならず者」として、世界において傍若無人に振舞う国家になった。

「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」として表現される新世界体制とは、米国が「南北アメリカ大陸」、ロシアが「欧州大陸」、中国が「太平洋地域」をそれぞれ支配する、という「世界三分割体制」である。

 そしてこの世界三分割体制は、モンロー主義への回帰を目指すトランプ大統領の目標にも合致している。

 もともと米国のモンロー主義とは、合衆国単体ではなく、「南北アメリカ大陸全体の自給自足主義」を意味する概念であった。

 言い換えればモンロー主義は、「米国は欧州大陸とは一切関わらず、南北アメリカ大陸だけでやっていく」という事である。

 そうした観点から見れば、これまでトランプ大統領が唱えてきた「メキシコ湾をアメリカ湾に名称変更する」「カナダを51番目の州にする」「パナマ運河を取り戻す」「(北米大陸と隣接する)グリーンランドを購入する」等々の発言は、いずれもモンロー主義に基づいた主張であった事が分かる。

 ただし問題は、米国が権威主義的な国々(=ロシア、中国、北朝鮮など)と共に、他国の主権を脅かす発言や行動等を通して、国際秩序や国際規範を揺るがしている点にある。

 法治主義と民主主義の原則に基づいて選出されたはずの米国の大統領が、法治主義と民主主義の原則を無視して、国際社会において「力の論理」を誇示する事は、世界から法治主義と民主主義の規範を弱体化させ、自由が脅かされる世界をもたらす事につながる。

 かつて米国が「力の論理」で戦ってきたベトナム戦争や湾岸戦争やイラク戦争でさえ、少なくとも「自由世界を守る為」という大義があり、米国民にとっては「正義の戦い」と信じられてきた。

 しかしながら、第2次トランプ政権によるカナダやパナマやグリーンランドに対する圧力には、「大義」も「正義」も全く感じられない。

 覇権主義国の中国やロシアと同様、米国もまた他国の領土を侵略する事を目指すようになったのである。

 これは、ブレトンウッズ体制の崩壊に伴い、米国が保護主義(=帝国主義)政策へと転換した事に伴う必然的帰結でもある。

 こうした「力の論理」で自らの主張を押し通すトランプの政策は、同盟国や友好国を軽視する外交姿勢とも相俟って、「世界三分割体制」を加速させるであろう。



自由貿易体制に欠かせない「国際決済通貨」



 自由貿易の世界は、決して自然に成立するものではない。

 自由貿易の世界が成立する大前提としては、世界共通の「国際決済通貨」の存在が絶対的に必要な条件となる。

 紀元前2世紀から15世紀半ばまで、西はローマから東は日本に至る広範囲において、「シルクロード(Silk Road)」と呼ばれる世界的な交易経済圏が形成された。そこでは「絹」が共通の国際通貨として機能していた。

 シルクロードの東端に位置していた日本においては、律令制度の税体系は、国内通貨としての「租」(=米)と、国際共通通貨としての「調」(=絹)によって成立していた。因みにどちらも納税出来ない貧困層は、「庸」として労働力が徴用された。

 その後、大航海時代においては「銀」が、また近代資本主義諸国においては「金(ゴールド)」が世界共通の決済通貨として機能した。

 しかしながら、やがて主要国が次々と金本位制を廃止し、世界共通の国際決済通貨が失われた結果、各国は独自に発行する「紙切れ」のローカル通貨で国内経済を回すようになった。

 こうした「紙切れ通貨」は、江戸時代の「藩札」や戦時中の「軍票」などと同様、特定の地域限定で通貨として通用し得るが、他の地域では全く通用しない。今でいう「地域通貨」のようなものである。

 当然、「紙切れ」の地域通貨では、対外貿易など不可能である。

 貿易が不可能であれば、自国の「紙切れ通貨」が通用し得る地域を広げる為に、植民地を作るしかない。

 つまり、近代における西洋列強諸国の植民地主義は、列強国の「紙切れ通貨」による「囲い込み」政策であった。

 このように、「紙切れ通貨」が通用する地域を拡げる事が、帝国主義の本質である。

 共通の国際決済通貨が失われた世界では、必然的に「植民地獲得競争」にならざるを得ないのである。

 20世紀初頭には、ブロック経済に基づく保護主義が全盛の時代となった。これが帝国主義の最高の発展段階である。

 その必然的帰結として、世界は二度の大戦を経験した。

 第二次世界大戦後は、再び帝国主義が発生する事を防ぐ目的で、「金(ゴールド)」の裏付けのある「米ドル」が世界共通の国際決済通貨と定められた。

 そして各国の「紙切れ通貨」が、米ドルと一定のレートで常に交換可能とすることによって、初めて世界の自由貿易が可能となったのである。

 これがブレトンウッズ体制である。

 各国の「紙切れ通貨」が世界で通用し、自国に足りない様々な物資を他国から自由に入手出来る世界であれば、もはや植民地を持つ必要が無くなる。

 そもそも宗主国としては、植民地経営にも莫大な財政負担が伴う為、植民地などは「お荷物」でしかなかったのである。

 自由貿易の世界が実現したのであれば、植民地を手放した方がむしろ国益になるということで、西洋諸国は次々と植民地を放棄するようになった。

 かくして第二次大戦後、世界中にあった植民地は続々と独立し、帝国主義の時代は終焉した。

 これらは全て、ブレトンウッズ体制によってもたらされた世界の変革であった。

 こうしたブレトンウッズ体制という仕組みがあったおかげで、80年もの期間、世界は自由貿易を謳歌する事が出来たのである。

 しかしながら2024年、そのブレトンウッズ体制は完全に崩壊した。

 基軸通貨であった米ドルは、「金」や「石油」といった価値の裏付けを失い、ただの「紙切れ」になってしまったのである。

 かくして「紙切れ」となった米ドルを世界にばらまく事が出来なくなった米国が、2025年に自由貿易を廃止して保護貿易政策へと転換した事は、避けられない歴史的必然であった。

 そして、保護主義と帝国主義とは表裏一体である。

 今後の世界の秩序が、「法の支配」から「力の支配」へと逆行する事もまた必然なのである。

 一方、戦後80年間、日本は自由貿易によって復興を遂げ、自由貿易によって経済成長を果たす事が出来た。

 少なくとも戦後においては、世界の自由貿易体制があったおかげで、日本という国家の存立が可能であったのである。

 万一、世界共通の国際決済通貨が失われ、自由貿易体制が終焉し、「円」がただの地域通貨に過ぎなくなれば、日本という国家が存続する為には、自給自足の国になるか、あるいは植民地を求めて海外に進出するか、という選択肢しか残されていない。

 米国のように資源も食料も豊富で自給自足が可能な国であれば、保護主義でもやっていけるだろうが、資源も食料も乏しい日本の場合は、自給自足は到底不可能である。

 また今後、日本が海外に植民地を作るなどは論外である。

 自給自足も植民地建設も無理だとすれば、日本という国家が存立する為には、如何なる事があろうとも、自由貿易体制の世界を死守する以外に無いのである。

 もし日本政府が「国家の存立危機事態」という言葉を使うのであれば、この時をおいて他に無いであろう。

 今や米国は、本格的に保護主義政策へと回帰しつつある。

 そしてそれは、中国やロシアも同様である。

 習近平が2013年から開始した「一帯一路」政策は、明らかに「人民元経済圏」を構築してブロック経済を推進しようとする保護主義政策に他ならず、中国は正真正銘の「植民地主義国家」であり「帝国主義国家」である事を知らねばならない。

 中国は本来、自由貿易の国際機構に加盟させてはならない国家なのである。

 そして米中露3カ国が今後形成しようとしている「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」の新世界体制は、「3大ブロック経済圏」である。

 即ち、米国を中心とする「南北アメリカ大陸」の米ドル経済圏、ロシアを中心とする「欧州大陸」のルーブル経済圏、中国を中心とする「太平洋地域」の人民元経済圏という3大ブロック経済圏である。

 そしてその場合、米ドルもルーブルも人民元も、それぞれのブロック経済圏でのみ通用し得る「地域通貨」なのである。

 それはまさに第二次世界大戦直前の1930年代の世界の再現である。

 現在進行中の歴史的大転換のそもそもの発端は、これまで基軸通貨であった米ドルが「金」や「石油」といった裏付けを失って、事実上「紙切れ」になった事に起因する。

 世界共通の国際決済通貨が失われたならば、自由貿易は不可能となり、「力の論理」のみが支配する植民地主義の世界へと逆戻りせざるを得ない。

 このように保護主義政策とは、植民地主義や帝国主義と同義であり、いずれ戦争の原因となる危険な政策なのである。



自由貿易体制を守る「ミドル・パワー」諸国の役割



 日本や欧州諸国は、最早「大国」ではなく、欧米のメディアでは「ミドル・パワー(中間勢力)」と呼ばれるようになった。

 GDPでドイツやインドに追い抜かれた日本は、すでに「経済大国」ですらない。

 今や経済力と軍事力が突出した米中両国と、巨大な核戦力を持つロシアとを合わせた米中露の超大国が、「力の論理」で世界を分割支配しようとしている。

 そうした中、「力の支配」ではなく「法の支配」に基づく自由貿易の世界体制を維持するためには、「ミドル・パワー」の日本や欧州諸国が連携して、世界におけるリーダーシップを発揮し、安定した国際秩序を目指さなければならない。

 とりわけGDP世界第3位のドイツと第5位の日本とが協力し合う事は重要である。

 因みに「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」体制を主導する米中露3カ国の世界におけるGDPのシェアは45%、軍事費では55%と過半に達しており、核弾頭保有数に至っては世界全体の92%を占めている。

 一方、世界におけるEUのGDPシェアは18%、軍事費シェアは13%に過ぎないが、ロシア単体や中国単体と比較すれば、遜色ないレベルである。

 EUの力は決して小さくはなく、世界におけるリーダーシップを発揮し得るだけの潜在力を有していると言える。

 広大な国土を有し、ほぼ全てが自給自足できる米国の一般国民は、同じ先進国の日本や欧州に比べて、海外への関心が薄い。

 それとは正反対に、狭い国土で自給自足が困難な日本や欧州は、海外への関心が極めて高い。

 このように米国の人々がモンロー主義や保護主義に向いている国民性であるのに対し、日本や欧州の人々は国際主義的であり、自由貿易に向いていると言える。

 また中国やロシアの国民性は、米国以上に閉鎖的で保護主義的である。

 言い換えれば、「米中露 VS 日欧」の戦いは、「保護主義 VS 自由主義」の戦いでもある。

 今後、3大ブロック経済圏による新世界体制が形成される際に注視しなければならないのが、「グローバル・サウス」と呼ばれる新興諸国の動向である。

「グローバル・サウス」の多くは、それぞれ自国の国益に沿った外交を展開し、どの陣営に付くといった旗幟が鮮明ではない。

 しかしながら、それら新興諸国が、トランプ関税に対抗する必要性から、経済的利益を優先して中国との関係を強化してゆくことになれば、「グローバル・サウス」の大半が中国に寄っていく事になりかねない。

 さらに今後、米国の傍若無人ぶりがさらに極まって、日本や欧州諸国までが中国に惹きつけられるような事態となれば、中国を中心とする国際秩序が形成され、世界のパワー・バランスが崩れる事になりかねない。

 今後数十年にわたり、世界経済成長の中心地域はインド太平洋地域であると予想されるが、「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」の世界分割体制では、その地域は中国の勢力圏となる。

 インド太平洋地域の支配権を握った中国が急速に国力を増強した場合、米中の力関係が逆転し、間もなく中国が経済的・軍事的圧力を米国に対してかけるようになる事が予想される。

 また中国海軍が西太平洋の制海権を押さえた後、米領グアムをはじめハワイ州周辺まで進出する可能性がある。

 このように考えるならば、「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」体制は、米国よりもむしろ中国にとって遥かに好都合な体制である。

「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」体制の先には、米国が構想する中国封じ込め戦略とは逆に、米国が中国によって封じ込められてしまう未来が待っている事は十分にあり得る。

 そこで重要となるのが、米中露の超大国と「グローバル・サウス」との中間に位置する日本や欧州などの「ミドル・パワー」諸国の存在である。

 たとえ世界の風潮が「力の論理」に支配されたとしても、自由主義と「法の支配」を重視する国々は、依然として数多く存在する。

 そこで、日本や欧州などの「ミドル・パワー」諸国が、同じ価値観を共有する第三世界や発展途上国や「グローバル・サウス」の国々と連携し、「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」の米中露に対抗する勢力を結集するならば、世界の在り方を変えてゆく事は十分に可能である。

「ミドル・パワー」諸国だけでは米中露に太刀打ち出来ないとしても、第三世界や発展途上国や「グローバル・サウス」の国々とも力を合わせれば、米中露による世界分割支配を阻止する事が出来るはずである。

 世界の自由貿易体制を守る為には、弱肉強食の植民地主義の世界にしてはならないのである。



米ドルに代わる「新たな国際決済通貨」の創出を



 世界が「ネオ・ヤルタ」「ヤルタ2.0」と呼ばれる3大ブロック経済圏へと移行するようになった根本原因は、ブレトンウッズ体制の崩壊にあった。

 これまで「国際決済通貨」であった米ドルが価値の「裏付け」を失って「紙切れ」になった事により、世界の自由貿易体制が成立し得なくなったのである。「紙切れ」は「国際決済通貨」として通用し得ないからである。

 米国としては、国際決済通貨から地域通貨へと転落した米ドルを今後も通用させる為には、ブロック経済に転換する以外に無いのであった。

 また米ドルが「紙切れ」になった以上、米ドルと一定レートで交換を約束された他のあらゆる通貨もみな「紙切れ」になってしまった。

「地域通貨」は自由貿易では通用しない。

 一方、自給自足が可能な米国などとは異なり、自由貿易体制でなければ国家の存立が不可能となる日本や欧州諸国としては、あくまで自由貿易体制の世界を守り抜かなければならない。

 そのために日本や欧州が先ず第一に為すべき事は、米ドルに代わる「新たな国際決済通貨」の創出である。

 自由貿易体制の世界を死守し、今後の世界を米中露による分割支配から救う為には、世界共通の国際決済通貨が絶対に必要なのである。

 ただ「新たな国際決済通貨が必要だ」と言っても、「そんな魔法のような事が出来るはずが無い」と多くの人は思うであろう。

 しかしながら実は、本来あるべき「完全中立の国際決済通貨」の仕組みが、すでにブレトンウッズ会議において示されていたのである。

 それが、この後で紹介する「幻のケインズ案」である。

 実はブレトンウッズ体制は、1944年の会議の時点で「ボタンの掛け違い」が生じていたのである。

 1944年のブレトンウッズ会議において、米ドルが戦後の「国際決済通貨」として決定されたのは、大戦後の世界の主導権を握ろうと野望を抱く米国が、完全中立の国際決済通貨発行を主張していた「ケインズ案」を拒否し廃案にさせた結果であった。

 もしブレトンウッズ会議で、「ケインズ案」の通りに、完全中立の国際決済通貨制度が承認されていたならば、その後、1971年の金ドル兌換停止のニクソン・ショックも無く、2025年のトランプ関税による世界の混乱も無かったであろう。

 因みに、ブレトンウッズ会議が米国のニューハンプシャー州ブレトンウッズで開かれたのは、1944年7月1日から7月22日までの3週間であった。そこには連合国44カ国の通貨担当者が集められた。

 その前月の6月6日、ヨーロッパ戦線では米国の作戦指導の下、ノルマンディー上陸作戦が成功し、太平洋戦線では会期中の7月7日に米軍がサイパンを陥落させ、その敗北の責任をとった東条内閣が7月18日に総辞職している。

 かくして欧州方面でもアジア方面でも、戦局は連合国側の絶対的優位が確定し、それを実現させたのが米国であるという事実が持つ重みは大きかったはずである。

 ブレトンウッズ会議において、米国の主張に反論出来るような空気が無かった事は容易に想像出来る。

 米国代表者が「俺の言う通りにしろ」と言えば、他の連合国参加者達は、誰も逆らう事など出来なかったであろう。

 大戦後の世界経済を安定させる為、完全中立の国際決済通貨の導入を主張していた「ケインズ案」が、米国によって拒否され廃案にされてしまった事は、その典型的な事例であった。

 そしてそれこそが、ブレトンウッズ体制の「ボタンの掛け違い」の始まりであった。

 結局、ブレトンウッズ会議では、戦後世界の覇権を目指す米国の主張が通り、金との兌換性を有する米ドルを基軸通貨とする国際決済体制が承認され、1945年から実施された。

 そのブレトンウッズ会議から80年を経た現在、ブレトンウッズ体制は完全に崩壊し、今やその誤りの原因も明らかになっている。



「幻のケインズ案」の内容とは



 ここでは、ブレトンウッズ会議において英国の経済学者ケインズが提案したにも関わらず、米国の圧力によって「廃案」にされてしまった国際決済通貨システムについて紹介する。

 もしこの「幻のケインズ案」がブレトンウッズ会議で採用されていれば、大戦後の世界の姿は全く違ったものになっていたであろう。

 ケインズが構想した国際決済通貨の名称は「バンコール(Bancor)」という。

「バンコール」は、どの国家にも属さない完全中立的な通貨であり、会計帳簿上の単位として、国際貿易においてのみ使用される超国家的な通貨の概念である。

 ケインズは、「バンコール」による国際決済制度を敷くにあたり「国際清算同盟」(International Clearing Union)という機関の設置を提案した。

「国際清算同盟」は、各国の中央銀行を統轄管理する「中央銀行の中央銀行」としての役割を果たすことになる。

 さらにケインズは、「バンコール」と「国際清算同盟」のシステムとルールを厳密に定めていた。

 先ず国際決済通貨「バンコール」は、ドルのような通貨とは異なり、一般市場では一切流通されない。

 また個人が「バンコール」の保持や取引をすることは出来ない。

 しかも「バンコール」は、「貯金」が出来ない。

 このようなルールがある為、「バンコール」が各国の国内経済や国内流通に影響を与えることは決して無いのである。

 なお「バンコール」の通貨価値は、金(ゴールド)によって100パーセント裏付けられる。

 ただし、金(ゴールド)を交換して「バンコール」を受け取る事は出来るが、「バンコール」を交換して金を受け取ることは出来ないというルールになっている。謂わば「半兌換通貨」である。

 これにより金の流出を防ぎ、金による「バンコール」の価値の裏付けを永久的に持続する事が可能となる。

 従って「バンコール」の場合、ニクソン・ショックのような事態は起こり得ないのである。

 一方、国際取引や貿易は、全て「バンコール」で決済が行われる。

 原則として「バンコール」は、国家間の貿易収支を測定するために使用される。

 つまり国際決済通貨「バンコール」は、一般的な「通貨」ではなく、あくまで国際貿易においてのみ使用される会計帳簿上の単位なのである。

 そして全ての国際貿易は、「国際清算同盟」を通して「バンコール建て」で行われるというルールになっている。

 その「国際清算同盟」については、以下のようにルールが定められている。

 多くの国において、「銀行」に対して「中央銀行」が存在するのと同様に、「国際清算同盟」は、「各国の中央銀行に対する中央銀行」として、国家間の貿易や取引の決済を行う機関となる。

 具体的には、各国の中央銀行が「国際清算同盟」に当座口座を設置し、自国通貨と「バンコール」間の為替変動を「国際清算同盟」に管理してもらうことになる。

「バンコール」は原則として、加盟国通貨との交換レートは固定であるが、その交換レートは「国際清算同盟」による調整や変動が可能とされる。

 なお各国の輸出の全ては加盟国の会計帳簿で「バンコール」が加算され、輸入の全ては加盟国の会計帳簿で「バンコール」が減算される事によって、貿易収支が一目瞭然の状態にされる。

 さらに一般的な銀行における「当座貸越」のシステムが、加盟国と「国際清算同盟」との間でも適用される。

 因みに「国際清算同盟」での当座貸越の限度額は、過去5年間の貿易収支平均の2分の1とされる。

 このシステムにより、加盟国が「国際清算同盟」に作った決済用口座に残高が無くなった場合でも、年間貿易収支の半分までは「国際清算同盟」によって自動的に弁済してもらえることになる。

 ただしこの限度額を超えた場合、債務国は超えた赤字分に対して利子を「国際清算同盟」に支払わなければならない。

 ここで面白い事は、一般銀行の当座貸越とは異なり、国際収支帳簿上の黒字国である債権国も、債権の超過分に対して利子を支払わなければならないルールになっていることである。

 つまり、赤字国のみならず、黒字国も黒字が大きくなれば、「国際清算同盟」に支払うべき利子が増えるのである。

 赤字国(債務国)の場合は、「バンコール」に対する国内通貨の為替レートを引き下げる事で、輸出を増やし、輸入を抑制するように促される。

 一方、黒字国(債権国)の場合は、「バンコール」に対する国内通貨のレートを引き上げ、赤字国からの輸入を増やすことによって、黒字分を減らすように促されることになる。

 ただし黒字国が輸出の限度額を超えたまま決算を迎えた時には、その超過分を「国際清算同盟」に没収されることになる。

 因みに黒字国は、黒字を減らす為に必ずしも輸出を減らす必要は無く、輸出以上に輸入を増やせば良い。

 あくまで収支レベルで「プラスマイナス・ゼロ」になれば良いのである。

 こうしたルールがあれば、黒字国は超過分を没収されないように輸入を増やそうとする為、赤字国の収支も改善に向かうことになる。

 なお「国際清算同盟」が没収した積立金は、国際治安機関や災害救助活動など、加盟諸国の為に有効利用される。

 このような「国際清算同盟」のシステムとルールがあれば、いずれの加盟国も、「バンコール建て」の貿易収支差額がゼロになる事を目標に経済活動をすることになる。

 これは、自由貿易が本来「ゼロサム・ゲーム」であるという事を大前提に作られたルールであり、極めて理に適っている。

「国際清算同盟」の存在によって、常に貿易収支バランスの調整機能が作用する為、自由貿易において起こりがちな黒字超過や赤字超過という現象が回避出来るのである。

 全ての貿易国が、貿易収支レベルで「プラスマイナス・ゼロ」になる事が、持続可能な形で自由貿易システムを続ける為の必須条件である。

 そして「国際清算同盟」は、「持続可能な自由貿易制度」を実現する為の監視役であり、かつ調整役なのである。

 また「バンコール」と「国際清算同盟」のシステムとルールの下では、物理的な金(ゴールド)や各国の国内通貨は、国際貿易の中で一切使用されない為、国家間での通貨移転も無い。

 かりにこのルールがあったならば、グローバル経済や覇権的経済が、今日のように猛威を振るう事も無かったであろう。

「金ドル本位制」や「ペトロダラー・システム」などとは違って、「バンコール・システム」は極めて合理的で「持続可能」な仕組みであった。

 こうした国際決済通貨「バンコール」と「国際清算同盟」の制度がもし採用されていれば、各国間の貿易による経済格差は縮小し、公正かつ公平な自由貿易の世界が実現したであろう。また、先進国と途上国との格差や矛盾も、とっくに解決されていたに違いない。

 因みにケインズが当該構想を発案した当初、「バンコール」の他に、「ユニタス」「ドルフィン」「ベザント」「ダリック」などの名称の候補があったという。

 従って「バンコール」という名前に特にこだわる必要は無く、国際決済通貨の名称は他の何でも構わない。

 いずれにせよ、このような中立的な国際決済通貨のシステムと、「中央銀行の中央銀行」による合理的ルールが存在していれば、世界は現在よりも遥かに理に適ったものとなっていたはずである。

 自由貿易の制度は、もともと自然に存在していたものではなかった。

 放っておけば、世界は必ず「力の論理」が支配するようになる。

 従って、自由貿易の世界を実現するには、人為的にシステムを構築し、定められたルールを各国が遵守するようにしなければならないのである。

 本来、1944年のブレトンウッズ会議はその為に開かれたはずであったが、世界の覇権を握ろうとする米国の思惑によって内容が歪められてしまったのだった。

 そしてブレトンウッズ体制が崩壊した現在、超大国である米中露の3カ国は、それぞれ自国中心の欲望を剥き出しにして、世界分割支配に乗り出そうとしている。

 一方、現代世界においては、自由貿易体制でなければ存立し得ない国がほとんどである。

 それらの国々が連携し、「幻のケインズ案」に基づいた国際決済通貨システムを実現させるならば、超大国によるブロック経済の世界を防ぐ事が可能である。さらに、世界に自由貿易と「法の支配」を回復する事が出来るであろう。

 謂わば「ネオ・ブレトンウッズ」「ブレトンウッズ2.0」体制である。

 自由貿易と「法の支配」は、国際秩序の安定と世界各国の繁栄の基盤であり、決して地上から消滅させてはならない。

 これは「自由主義」対「帝国主義」の闘いである。















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