Top Page
《外部リンク》
⇒ 皇祖皇太神宮
⇒ 一般財団法人 人権財団
|
非暴力運動を成功させる方法
「敵」を味方に変えること
[2024.9.1]
|
バルト3国の約200万人が参加して、600キロメートルを縦断した「人間の鎖」 (1989年8月23日) |
Photo(C)Kusurija |
非暴力抵抗運動の成功率
2011年、ハーバード大学のエリカ・チェノウェスと米国平和研究所のマリア・ステファンの共著『なぜ市民的抵抗は機能するのか』が米国で刊行された。
同書によれば、1900年から2006年までの間に、勝利した民主化運動や独立運動の内、参加者が千人以上の事例323件を分析した結果、暴力的闘争の成功率が26%だったのに対し、非暴力的闘争の成功率は約53%に上る事が明らかになった。
つまり非暴力闘争は、暴力闘争に比してほぼ倍の成功率であり、非暴力闘争が「政治的に賢明な策」である事が証明されたことになる。
さらにチェノウェスとステファンは、20世紀に起きた暴力革命の多くが、その後、抑圧的支配体制を生み出したのに対し、非暴力革命は抑圧体制に陥ることなく民主主義体制をもたらしている事をも明らかにした。
暴力革命が成功した場合、前政権を打倒した暴力が革命後には民衆に向けられるのに対して、非暴力闘争の形式で革命が成功した場合は、民衆に向けられる暴力が存在しないだけでなく、抵抗運動を通じて強くなった民衆は簡単に暴力に屈服する事が無い為である。
このように、人々が非暴力によって勝ち取った自由は必ず永続する。
チェノウェスとステファンが著した『なぜ市民的抵抗は機能するのか』は、それまで軍事に偏って非暴力を過小評価してきた米国の政治学者や国際関係論の研究者達に大きな衝撃を与えた。
なお同書は、最も優れた政治学・国際関係論の書物として2012年に米国政治学会から表彰された。
体制の正当性の否定と不服従
非暴力による抵抗運動を長期的かつ継続的に行う為には、2つの重要な原則がある。
それは「体制の正当性の否定」と「体制への不服従」である。
この2大原則は車の両輪であり、どちらか一方が欠けても成立しない。
かりに体制の正当性を否定していたとしても、体制に協力し続けている限りは何の意味も無い。逆に、体制の正当性を否定することなく、不服従だけを続けた場合は、ただの怠け者になってしまう。
しかしながら、多数の民衆によって「体制の正当性の否定」と「体制への不服従」の両方が継続して執拗に行われたならば、熟した柿の実が自然に落ちるように、やがて支配体制は崩れ去ることになる。
この事を分かり易く表現した物語として、明の建国に寄与した劉基が著した「猿の主人」の寓話がある。
楚の国に、多くの猿たちを飼って安楽に暮らしている老人がいた。
毎朝、老人は中庭に猿たちを集め、林や茂みの樹木から果実を採ってくるように命じていた。
それが出来ない猿は、鞭で打たれた。
猿たちはみな惨めな苦しみを味わっていたが、敢えて不平を訴えようとする者はいなかった。
ある日、一匹の小猿が他の猿に尋ねた。「林や茂みの木々は、あの老人が植えたの?」と。
聞かれた猿は答えた。「いや、木々は全部、自然に生えてきたものだ」
小猿は続けて尋ねた。
「それなら、私達は何故あの老人に飼われていなければならないの?」
小猿がそう言うと、猿たちはみなハッと気が付いた。
その夜、老人が眠りに落ちるのを見届けてから、猿たちはこれまで自分達を閉じ込めていた囲いの柵を取り払った。
さらに猿たちは、老人が蔵に貯めていた果実(=猿たちがそれまでに採集した物)を全て持ち出して森の中へ逃げ、二度と戻ることはなかった。
かくして、飼っていた猿たちを失った老人は、間もなく飢え死にしたという。
この寓話が示すように、民衆が目覚め、支配者の正当性を否定し、支配者への協力をやめるならば、必然的に支配体制は崩壊する。
「猿の主人」の物語が書かれた14世紀当時の中国も、人々がモンゴルの元王朝による支配の正当性に疑問を持ち始めた時代であった。
民主化運動も民族独立運動も、先ずは支配体制の正当性を否定する事から始まる。
そして、支配者が必要とする「協力」を人々が拒めば、暴力を行使することなく、独裁体制を機能不全に陥らせる事が出来る。
独裁政権下の民衆は、決して無力ではない。
支配者を生かすも殺すも、それを決めるのは被支配者の側なのである。
世界史を変えた非暴力運動の完全マニュアル
かつての非暴力闘争においては、ガンジーやキング牧師などに見られたように、多くの場合、宗教的信念に立脚した強靭な信仰が行動の根底にあった。
だが、そうした強い信念や信仰を、大多数の人々に要求する事は不可能である。
では、抵抗運動を民衆の間に広げてゆく為には、具体的に何をどうすれば良いのか。
『独裁体制から民主主義へ』の著者であるジーン・シャープは、決して勇敢でも立派でもない普通の人が、「日常生活の延長」として非暴力闘争を実践出来る方法論を発見した。
それが、1990年代以降の世界史を塗り替えたと言われる「非暴力行動 198の方法」である。なおこのマニュアルは、『独裁体制から民主主義へ』にも収録されている。
「198の方法」から、各自がそれぞれ最適な行動を選択し、継続的かつ執拗に実践するならば、やがて独裁体制は崩壊してゆく。
事実、1991年のバルト三国独立と2000年のセルビア民主化は、「非暴力行動 198の方法」の実践によって実現された事が分かっている。
その内容は以下のとおりである。
非暴力行動「198の方法」
(出典: 『独裁体制から民主主義へ』 ジーン・シャープ著)
非暴力抵抗と説得の方法
《形式的声明の方法》
1.公共の場で演説する
2.反対意見や支援を示す手紙を送る
3.組織や機関による宣言を行う
4.署名入りの公共声明を出す
5.告発や決意を宣言する
6.グループや大衆による嘆願を出す
《幅広い人々とのコミュニケーション手段》
7.スローガン、風刺画、シンボル
8.旗、ポスター、プラカード
9.チラシ、パンフレット、本
10.新聞、刊行物
11.レコード、ラジオ、テレビ
12.空中文字、地上文字
《グループによる主張の方法》
13.代表団を設置する
14.模擬的な賞を授与する
15.グループによるロビー活動を行う
16.ピケを張る
17.摸擬的な選挙を実施する =合法的に選挙を行うことが認められていない場合に、独自に直接選挙や訪問による票回収などの方法で違法な選挙を行うこと。
《象徴的な公然行動の方法》
18.旗や象徴的な色を掲げる
19.シンボルを身につける
20.祈祷や礼拝を行う
21.象徴的なモノを届ける
22.抵抗のための脱衣行動を起こす
23.自身の所有物を破壊する
24.象徴的な明かりを掲げる
25.肖像画を提示する
26.抗議のためにペンキを塗布する =肖像画や看板にいたずら描きをしたり、塗りつぶしたりすること。
27.新しい標識や名前を掲げる =道路や駅名などの標識を撤去したり、異なった名前をつけたりすること。
28.象徴的な音を鳴らす
29.土地や領土の象徴的な返還要求行動を起こす =重要な意味を持つ土地に木を植えたり、建物を建てたりすること。
30.無礼な身振りをする
《個人に対して圧力をかける方法》
31.役人に〝付きまとう〟
32.役人をなじる
33.馴れ馴れしくする =主に兵士や警察を相手に、親しげに振舞って、こちら側の影響力を直接的、間接的に与えること。
34.寝ずの座り込みを行う
《演劇と音楽》
35.ユーモラスな寸劇やいたずらを行う
36.演劇や音楽会を上演する
37.歌を歌う行進を利用する方法
38.行進をする
39.パレードを行う
40.宗教的な行列を実施する
41.巡礼する
42.車によるパレードを行う
《死者を讃える方法》
43.政治的追悼式を催す
44.模擬的な葬儀を行う
45.示威的な葬儀を行う
46.墓参りをする
《公の集会方法》
47.抗議や支援の集会を開く
48.抗議会合を持つ
49.偽装した抗議会合を開く
50.討論会を開く
《撤退と放棄の方法》
51.退室する
52.沈黙する
53.勲章を放棄する
54.背中を向ける =文字通り身体的に背中を向けて沈黙すること。
社会的非協力の方法
《人を排斥する方法》
55.社会的にボイコットする
56.選択的な社会的ボイコットを行う
57.セックス・ストライキをする =好戦的な夫に対して、妻たちがセックスを拒否し続けること。
58.破門する
59.聖務禁止令を出す =宗派のトップが、特定の地区での祭事の禁止を命じること。
《社会的行事、慣習、機関への非協力の方法》
60.社会活動やスポーツ活動を停止する
61.社会的行事をボイコットする
62.学生ストライキを行う
63.社会的非服従を起こす
64.社会的機関から脱退する
《社会制度からの撤退の方法》
65.自宅待機する
66.完全な個人的非協力を行う
67.集団的な職場放棄
68.避難所を設ける
69.集団失踪する
70.抵抗の逃避行(ヒジュラ)をする
経済的非協力の方法 (1) 経済ボイコット
《消費者による行動の方法》
71.消費者によるボイコットを起こす
72.ボイコット製品の非消費行動を起こす
73.耐乏生活に入る
74.家賃不払いを起こす
75.賃貸拒否をする
76.全国的消費者によるボイコットを起こす
77.海外の消費者によるボイコットを起こす
《労働者や生産者による行動の方法》
78.工員によるボイコットを起こす
79.生産者によるボイコットを起こす
《中継ぎによる行動の方法》
80.原料供給者や仲買人によるボイコットを起こす
《オーナーや経営陣による行動の方法》
81.売買業者によるボイコットを起こす
82.土地の賃貸や販売を拒否する
83.閉鎖する
84.産業支援を拒否する
85.商人による〝全体ストライキ(ゼネスト)〟を起こす
《財政源の所有者による行動の方法》
86.預貯金を引き出す
87.料金、会費、税金の支払いを拒否する
88.負債や金利の支払いを拒否する
89.財源や信用金を遮断する
90.政府への支払いを拒否する
91.政府紙幣を拒否する
《政府による行動》 =この政府とは、何らかの独裁的権力が支配的な中で、別の政府が存在している場合のこと。
92.国内通商を禁止する
93.業者をブラックリスト化する
94.海外販売業者との取引を禁止する
95.海外買受業者との取引を禁止する
96.国際貿易を禁止する
経済的非協力の方法 (2) ストライキ
《象徴的ストライキの方法》
97.抗議のストライキを起こす
98.急に退室する(稲妻ストライキ)
《農業ストライキの方法》
99.農民によるストライキを起こす
100.農場労働者によるストライキを起こす
《特殊グループによるストライキの方法》
101.押しつけ労働を拒否する
102.囚人によるストライキを起こす
103.同業組合によるストライキを起こす
104.専門職によるストライキを起こす
《通常の産業ストライキの方法》
105.機関によるストライキを起こす
106.業界でのストライキを起こす
107.同情ストライキを起こす =他の作業員の苦境を解決するために行うストライキ。
《限定的ストライキの方法》
108.細分ストライキを起こす =職場から作業員が一人ずつ去って行く方法で行われるストライキ。
109.バンパー・ストライキを起こす =ある業界の中で、会社ごとにストライキに入っていく方法。
110.減産ストライキを起こす
111.順法ストライキを起こす
112.仮病を使って休む
113.辞職によるストライキを起こす
114.限定的ストライキを起こす =特定の時間帯に作業しないことで行われるストライキ。時限スト。
115.選択的ストライキを起こす =特定の作業だけを行わないストライキ。複合的産業ストライキ
116.一般的ストライキを起こす =過半数の作業員は仕事を続けるストライキ。部分スト。
117.全体ストライキ(ゼネスト)を起こす
《ストライキと経済封鎖を組み合わせた方法》
118.同盟休業をする
119.経済封鎖をする
政治的非協力の方法
《権力に対する拒絶の方法》
120.忠誠を保留、あるいは撤回する
121.公的援助を拒否する
122.抗議を唱える文書公開や演説を行う
《市民による政府への非協力の方法》
123.立法機関をボイコットする
124.選挙をボイコットする
125.政府による雇用や就職をボイコットする
126.政府の省、機関、その他の組織をボイコットする
127.政府の教育機関から退学する
128.政府支援を受ける組織をボイコットする
129.執行機関への協力をボイコットする
130.自身の標識や表札を撤去する
131.役人指名の受託を拒否する
132.既存機関の解散を拒否する
《市民による服従に代わる方法》
133.不承不承と緩慢に従う
134.直接的な指示不在の下で非服従を行う
135.民衆規模での非服従を行う
136.偽装的な不服従を行う
137.集会や会合解散を拒否する
138.座り込みを行う
139.徴兵や国外追放に対して非協力になる
140.潜伏や逃避をし、偽りの身分を名乗る
141.「非合法的」な法律に対して市民的不服従を起こす
《政府職員による行動の方法》
142.政府職員による支援を選択的に拒否する
143.指令や情報系統を遮断する
144.足止めや障害を起こす
145.事務業務全体での非協力を起こす
146.司法関係者による非協力を起こす
147.警察関係者による意図的非効率と選択的非協力を起こす
148.上官に対する暴動を起こす
《政府による国内行動の方法》
149.疑似合法的な回避や遅延を起こす
150.地方政府による非協力を起こす
《他国の政府による行動の方法》
151.外交や他の代表を変更する
152.外交行事を遅延する、あるいは取り止める
153.外交交渉を保留する
154.外交関係を断絶する
155.国際機関から脱退する
156.国際機関への入会を拒否する
157.国際組織からの除名を受ける
非暴力的介入の方法
《心理的介入の方法》
158.自らをその要素にさらす =火や灼熱の太陽など、身体的、心理的に極限状態に陥るような状況に身を置くこと。
159.断食する
(a)道徳的圧力をかけるための断食
(b)ハンガー・ストライキ
(c)サティーヤグラハ的(非暴力抵抗としての)断食
160.逆提訴する
161.非暴力的いやがらせをする
《物理的介入》
162.座り込みを行う
163.立ち尽くしをする
164.無許可乗車をする
165.無許可の水中侵入をする =入場が禁止されている海や池に入ること。
166.歩き回りをする
167.無許可で祈祷をする
168.非暴力的急襲をかける
169.非暴力的空襲をかける
170.非暴力的侵入をする
171.非暴力的な介入を行う
172.非暴力的妨害をする
173.非暴力的占拠をする
《社会的介入》
174.新しい社会パターンを構築する
175.機関の作業を過剰負担にする
176.業務を停滞させる
177.集会で介入演説をする
178.ゲリラ演劇を上演する
179.別の社会的機関をつくる
180.別の通信システムをつくる
《経済的介入の方法》
181.逆ストライキを起こす =必要以上に働いて、従業時間や生産量をオーバーさせること。
182.居座りストライキをする =職場には来るが、作業は行わないストライキ。目的が達成されるまで続けられる。
183.非暴力的に土地の差し押さえをする
184.封鎖を無視する
185.政治的動機による偽造を行う
186.妨害的な買い占めを行う
187.資産を差し押さえる
188.投げ売りをする
189.選択的に後援する
190.別の市場をつくる
191.別の交通システムをつくる
192.別の経済機関をつくる
《政治的介入の方法》
193.行政機関を過剰負担にする
194.秘密警察の身分を暴く
195.拘束を求める
196.「中立的」法律への市民的な不服従を行う =独裁政権が提示する一見中立に見える法律を受け入れないこと。
197.非協力の下に仕事を続行する
198.二重統治や並行政府を打ち立てる
以上が、「非暴力」による抵抗運動の198の具体的な方法である。
なお「198の方法」のリストは、必ずしも全てを実践しなければならないわけではない。
各々の人々が抱えている課題や地域の状況によって、選ぶべき行動は変わってくる。
「非暴力闘争は、暴力なき戦争である」とジーン・シャープは言う。
彼によれば「非暴力闘争」とは、暴力を用いる代わりに、心理的、社会的、経済的、政治的に様々な戦術を駆使し、民衆が積極的かつ能動的に参加する「戦争」である。
つまり、独裁者が得意とする「暴力対暴力」の土俵には決して乗らず、「非協力」や「不服従」によって、独裁者を孤立無援の状態へと追い込み、最終的には体制を死に至らしめる闘い方なのである。
1990年代以降、上記の「198の方法」は、世界中の抵抗運動の活動家達にとっての必携マニュアルとなり、世界各地で独立運動や民主化運動を生み出し、成功させてきた。
まずは小さな行動から
自由や独立を強く望んでいる人でも、いざ犠牲を伴うような闘争に参加する際には恐怖を感じるであろう。
だが何もしなければ、独裁体制による「終わりなき迫害」が永久に続けられることになる。
「終わりなき迫害」を終わらせる事が出来るのは、迫害されている側の行動だけである。
無力感と恐怖心を抱いている状況であれば、最初はリスクが低く、かつ地道に継続できる行動から取り組めば良い。
多くの人が無理なく始めることが出来、かつ無理なく続けられるような抵抗行動には、どのようなものがあるか。
ジーン・シャープは、『独裁体制から民主主義へ』の中で次のように書いている。
「いつもとほぼ同じ生活を続けながら、それをやや違ったやり方で行うことで実践できる非暴力闘争の方法もある。たとえば、ストライキではなく出勤はするものの、意図的にいつもよりゆっくりと非効率的に働くことである」
例えば「ストライキ」を実行するとなるとハードルが高いが、故意に非効率的な働き方をするというのであれば、格段に実行しやすくなる。
他にも、様々な抵抗行動をとることは可能である。上記の「198項目」から、自分にとって最適なものを選べば良い。
抵抗運動の初期段階では、独裁政権を一気に転覆させようと暴発するのではなく、長期的な視点に立って、まずは小さな目標を一つひとつ確実に達成していく事が重要である。
具体的な目標を掲げ、出来る事から少しずつ始めて、徐々に共感と連帯の輪を周囲に広げてゆく事である。
抵抗運動の第一段階は、こうして始まる。
その際、運動のシンボルカラーや小道具など、抵抗運動の意思を象徴的に表すようなアイテムがあれば、全世界に端的にアピールする上で効果的である。
過去の例では、「オレンジ」をシンボルカラーとした2004年のウクライナ革命や、2014年に台湾の学生運動で使われた「ヒマワリ」、同年の香港民主化運動で若者達が掲げた「雨傘」などが、世界中の人々に印象付けられた。
「敵」を味方に変えること
地道に活動を継続し、民衆の間に抵抗運動への支持や共感が広がってきた段階で、次なる目標は、独裁体制を支えている人々に働きかけ、彼等の「体制への忠誠心」を失わせ、「政治的麻痺状態」を作り出す事である。
実はこの段階が、抵抗運動を成功させる上で「決定的に重要である」とジーン・シャープは位置付けている。
即ち、「敵を味方に変える」段階である。
これまで成功してきた非暴力闘争における共通した特長は、「敵」側の人々をも「体制の犠牲者」あるいは「体制の被害者」と見做した事である。
つまり、「敵」側の人々を打倒するのではなく、彼等もまた自分達と同じ犠牲者であり被害者であると位置付けた上で、自分達の味方に変えていったのである。
最終的に革命が成功するか否かは、この一点にかかっていると言っても過言ではない。
民衆弾圧に駆り出されている兵士や警官達も、実態は、独裁者による教育や洗脳によって騙され、独裁者によって操られ、利用されているだけの「捨て駒」に他ならないのである。
「敵」側の人々がそうした事実に気付き、現体制への疑問を持つようになれば、やがて「敵」は味方へと変貌してゆく。
もともと彼等は、暴力的抵抗に対しては暴力的に弾圧するが、非暴力の抵抗には共感を寄せる傾向がある、とジーン・シャープは指摘する。
軍の兵士や治安機関の警官、官公庁の公務員などが、「体制への忠誠心」を喪失し、上からの指示や命令を一切拒否し、全国的規模で「非協力」や「不服従」を実践するならば、内側から独裁体制は崩れ去ってゆく。
事実、この30年余りの期間に、世界中で数多くの独裁体制が、そのようにして崩壊していった。
また冒頭で紹介した『なぜ市民的抵抗は機能するのか』の著者であるチェノウェスとステファンも、抵抗運動の成功のためには、
1.人々を大量動員する事が出来るかどうか、
2.軍や警察の、現体制に対する忠誠心を変化させられるかどうか、
の2要因が決定的に重要である事を強調している。
官僚、警察、軍隊が、独裁政権を支持して完全にその命令に従っている間は、独裁政権を倒す事は非常に困難であるが、官僚、警察、軍隊が政権を支持しなくなり、命令に従わなくなった場合、独裁体制はあっけなく瓦解するのである。
ただし、彼等に抵抗運動への協力を呼びかける際には、細心の注意が必要である。
決して兵士や士官達に、直ちに反乱を起こすような事を頼んではならない。
先ずは、「体制の正当性への疑念」を抱かせる事から始めるべきである。
その上で、あくまで意思疎通が可能な範囲内で、実践可能で比較的安全な「体制への不服従」を依頼する事である。
例えば相手が警官や兵士の場合であれば、上層部からの命令をサボタージュしたり、抵抗運動の逮捕予定者を取り逃がしたり、抵抗運動側に当局の情報を漏らしたり、上層部に報告すべき情報を上げない、等々の「体制への不服従」を要望するのである。
また街頭闘争の現場では、警官や兵士達が、デモ参加者を標的から外して撃ったり、裏路地に逃がしたりする等々の行為も可能である。
非暴力闘争の場合は、こうした「体制への不服従」を体制側の内部に広めていくことが、戦略的に非常に重要である。
独裁体制内部において不服従や非協力の風潮が蔓延すれば、徐々に独裁権力は弱体化し、内部から崩壊してゆく。
もともと独裁体制とは、極めて脆弱な体制に過ぎない。この事は世界の歴史が証明している。
中国人民との共闘から中華人民共和国の解体へ
中国共産党の権力も、実は非常に脆弱である。
まず少数民族の独立運動は、決して単独で闘う必要は無い。
チベットやウイグルなどの少数民族が独立を実現する為には、共産党支配に不満を持つ中国人民と連帯し共闘する必要がある。
なおその際には、「中国人民もまた中国共産党の被害者であり犠牲者である」という事実認識から出発しなければならない。
中国人民と少数民族にとって「共通の敵」は、中国共産党なのである。
共産党独裁からの自由を求める中国人民は、チベット民族、ウイグル民族、満州民族、蒙古民族、等々の独立をも支援する事になるだろう。
従来のように少数民族の独立運動が、「中華民族 VS 少数民族」という対立構図で展開されている限りは、永久に勝ち目は無い。
なぜならこの対立構図そのものが、中国共産党によって作り出された洗脳プロパガンダであり、その構図で闘っている限り、少数民族が勝てる見込みは全く無いからである。
そもそも「中華民族」という民族は、どこにも存在しない。
「中華民族」とは、もともとは清王朝の満州民族を駆逐する為に、中国国民党によって創作された架空の概念であり、今日では少数民族に「独立なき自治」を強制する為の抑圧手段として、中国共産党によって利用されている概念に過ぎない。
実際の中国人民は、粤民族(エツ=現在の広東省)、閩越民族(ビンエツ=現在の福建省)、滇民族(テン=現在の雲南省)、夜郎民族(ヤロウ=現在の雲南省、貴州省)、晋民族(シン=現在の山西省)、燕民族(エン=現在の河北省)、昭武民族(ショウブ=現在の甘粛省)、呉越民族(ゴエツ=現在の江蘇省、安徽省)、江淮民族(コウワ=現在の江蘇省、安徽省)、巴蜀民族(ハショク=現在の四川省)、贛越民族(カンエツ=現在の江西省)、荊楚民族(ケイソ=現在の湖北省)、湖湘民族(コショウ=現在の湖南省)、上海民族(シャンハイ=現在の上海地区)、香港民族(ホンコン=現在の香港地区)、満州民族(マンシュウ=現在の東北三省)、蒙古民族(モウコ=現在の内蒙古自治区)、等々の数多の少数民族が共存している状態である。
本来であれば、これらの諸民族がそれぞれ独立した「国民国家」を形成し、対等な関係性で相互交流する事が、最も自然で安定した国際社会の姿である。
しかしながら「帝国」的統治を志向する中国共産党は、これら数多くの少数民族を一括して「中華民族」として括ることによって、強権的に人民を支配しようとする。
因みに共産党支配下の中国においては、人民の戸籍が「都市戸籍」と「農村戸籍」に区別されている。
中華人民共和国の全人口の内、「都市戸籍」保有者の割合が約45パーセントであるのに対し、「農村戸籍」保有者は約55パーセントも存在する。つまり中国人民の半数以上が「農村戸籍」なのである。
「農村戸籍」の人民は、都市部への移住は許されず、貧困故に都市へ出稼ぎに出た場合は、「農民工」として低賃金と重労働の差別を強いられている。当然、都市部での出世など不可能である。
実はこうした「農村戸籍」は、中国共産党による形を変えた「少数民族弾圧」に他ならない。
「農村戸籍」の保有者は、中国全土に約8億人近くも存在するが、もともとは数多の「少数民族」の集合体である。
ただし共産党支配下においては、「農村戸籍」の人民も一括して「中華民族」として扱われている為、少数民族抑圧の実態は徹底的に隠蔽されている。
「中華民族」という概念は、ここでも少数民族支配の道具として利用されているのである。
さらに中国共産党は、「農村戸籍」の人民の不満を外部に向けさせる為、「反日教育」などで人民を洗脳し、日本軍国主義から人民を解放した中国共産党こそが正義の味方であるかのように信じ込ませている。
そのため「農村戸籍」の中国人ほど「反日」意識が強いと言われる。だが彼等のほとんどは日本人を見た事も無いはずである。
情報を操作され、疑問を持たないように洗脳された「農村戸籍」の中国人民は、民族差別を受けているという自覚さえ無いであろう。
このように、チベットやウイグルとは違った形で、中国全域にわたって少数民族弾圧が行われているのが実情である。
しかしながら、「農村戸籍」の人民が抑圧の真実に覚醒し、共産党支配に疑問を持つようになれば、その時から歴史は大転換を始めることになる。
中国の全人口の半分以上を占める約8億人もの「農村戸籍」の人民が、中国共産党に対して叛旗を翻したならば、事態は一変する。
しかも都市部における「農民工」の人口だけでも約3億人に上る。彼等が行動を始めたならば、最早その動きは止められない。
長年にわたり差別され抑圧されてきた「農村戸籍」の中国人民は、中華人民共和国から離脱して自らの独立国家を持つ明確な権利と正当な理由を有する。
中国人民による独立運動は、中華人民共和国の解体まで続けられるであろう。
かつてソビエト連邦が解体して15の共和国が成立し、ユーゴスラビア連邦が解体して6つの共和国が独立したように、中華人民共和国が解体すれば、中国大陸には数十カ国もの「国民国家」が対等に併存する新たな国際社会が誕生する。
その時初めて、中国大陸に生きる全ての人民が解放され、全ての民族に完全な独立と自由が実現されることになる。
強大な権力は必ず滅び、集中された権力は分散され、調和と安定の社会がもたらされる。
「帝国」から「国民国家」への転換こそが、世界史の普遍的な流れである。
「中華人民共和国」という大規模な「帝国」の枠組みが取り払われ、小規模の「国民国家」同士が対等に交流する国際関係が成立するならば、少数民族を迫害したり人権を抑圧する巨大権力の必要性は無くなる。
必要性を失った中国共産党は、熟柿が地に落ちるように、地上から消滅することになる。
チベットやウイグルの独立を目指す人々は、単独で闘うのではなく、「農村戸籍」の中国人民(=全員が少数民族)と連帯し共闘するべきである。
さすれば間もなく、中国共産党の権力の脆弱さが白日の下に晒されるであろう。
|
|
|