Top Page







《外部リンク

⇒ 皇祖皇太神宮

⇒ 一般財団法人 人権財団




21世紀は貨幣について考え直すべき時代

通貨政策によってもたらされた世界の混乱

[2023.10.15]




米ドルを発行し世界経済を牛耳る米連邦準備制度(FRB)本部 ワシントンDC 
PHOTO(C)REUTERS

「際限なき物価高」と「国民の分断」の根本原因


 現在、世界的規模で「際限なき物価高」と格差拡大による「国民の分断」が進行している。

 これは日本や米国や欧州諸国のみならず、中国においても同様である。

 そもそもの発端は2008年のリーマンショックであった。

 今日の様々な世界の混乱は、リーマンショック後の各国金融当局による過剰で大規模な対応措置の副産物と言ってよい。

 当時の米国では、リーマンショックに対する「対応措置」が迅速に、しかも党派を超えた「挙国一致」で行われた。 

 リーマンショックが発生した直後、当時の米ブッシュ政権においては、銀行預金と金融機関を徹底的に保護することにより、「金融恐慌」を防ぐための措置が取られた。

 とりわけ当時のバーナンキFRB議長は、リーマンショックの震源地であった政府機関ファニメイや巨大保険グループAIGの救済などの対応策を矢継ぎ早に実施した。
 
 また当時のヘンリー・ポールソン財務長官は、次々と破綻していくメリルリンチなどの金融機関を、他の金融機関に瞬時に合併させるなどして、破綻の連鎖を防いだ。

 米連邦議会もこうした金融当局による「巨大災害対応措置」を、超党派で支持していた。

 かくして米国では、世界大恐慌になり得た「100年に一度の危機」を、ホワイトハウスと連邦議会とが挙国一致体制で阻止したのだった。

 さらに世界の主要諸国が、体制や地域の違いを超えて協力し、米国発のリーマンショックが世界の金融と経済に波及する事態を防ぎ、また震源地である米国経済の復興を全面支援した。

 また日米欧の財政金融当局は、一致して金融危機対応と財政出動を行い、地域を超えて一致協力して防いだ。

 当時の中国の胡錦濤政権も、体制の違いを超えて、中国史上最大の財政出動による歴史的な「需要創出」を行い、世界経済を支えたのだった。

 その結果、中国では「1978年には資本主義が中国を救い、2008年には中国が資本主義を救った」というジョークが流行した。

 このように、「呉越同舟」による米中経済協力が、2000年代の「グローバリゼーション」を牽引していたとも言える。

 そしてリーマンショックから15年経った現在では、多くの人が「結局、リーマンショックは世界恐慌に発展しなかった」「100年に一度の経済危機と騒いでいたのは大袈裟だった」などと楽観し、リーマンショックそのものが人々の記憶から忘れ去られようとしている。

 しかしながら、リーマンショックへの各国金融当局の対応が、今日顕著になってきた「国民の分断」と「際限なき物価高」とをもたらした「諸悪の根源」と化している。この点が最も重要である。

 リーマンショック直後に実施された金融当局の応急措置によって、確かに世界大恐慌へと向かう連鎖は未然に断ち切れた。

 当局による未曾有の規模の財政出動は、米国および世界が大恐慌の淵へ落ちるのを防いだのだが、多くの国民の強烈な反発を招いた。

「どうしてウォール街の金持ちを国民の税金で救済するんだ」「なんで貧しい99%が豊かな1%を救済しなきゃならないんだ」という大多数の国民の怒りの感情が全米に溢れ返った。

 そもそもリーマンショック対策における財政負担、即ち「国民の血税による金融機関救済」という対応は、「大きな政府」を肯定する保護主義政策に他ならない。

 これは、1980年代以降の米国が理想としてきた「小さな政府」や「市場原理主義」といった新自由主義の思想とは原理的に対極に位置している。

 さらに、金融機関の救済には常に「モラルハザード」の問題が根深く付きまとう。

 例えば、ウォール街の金融機関で仕事をするトレーダー達は、「会社の金」で相場に発注するトレードポジションのロットを、常に最大化する傾向がある。理由は単純で、儲かれば億単位のボーナスが貰えるからである。

 仮にトレードに失敗して会社に大損害を与えたとしても、トレーダーは解雇されるだけで、会社の損失分がトレーダー個人に負わされる事は決して無い。トレーダーは、また次の金融機関でも巨額のロットで相場を張って、再び億単位のボーナスを狙うだけである。

 このようにウォール街のトレーダー達は、常にノーリスクで巨額のギャンブルを繰り返して大金を儲け続けている。

 そうしたトレーダーがそのまま出世して金融機関の経営陣に就いた場合、やはり同じ事をするだけである。

 トレーダーに見られるモラル崩壊は、金融機関の組織においても同様である。

 ウォール街の金融機関は、「たとえ破綻しても最終的には政府が救済してくれる」という前提で、巨大なギャンブルを仕掛けて、当たれば自分の儲け、外れたら「国に助けてもらえば良い」という論理で、常に「ハイリスク、ハイリターン」のトレードを繰り返している。

 現に、リーマンショックの危機に際して救済された金融機関の幹部たちは、数年後には巨額のボーナスを受け取っている。

 当然の事ながら、米国民の間からは、「不公平だ」「ふざけるな」という怒りの声が上がることになる。

 しかしながら、米国の国是とも言える「自由主義経済」では、それらは極めて正当な経済行為と見做されるのである。

 ただし、ここで問題となるのは、政府当局が、金融機関救済の際には「大きな政府」の保護主義の論理で対応していながら、その後は再び「小さな政府」の新自由主義の論理を持ち出して優遇措置を正当化している点である。

 これは完全なダブルスタンダードであり、言い換えれば、「政府は貧乏人の事は一切関知しないが、大金持ちはどんな事をしても助ける」という論理に他ならない。

 かくして、「何かがおかしい」「これで良いのか!」という国民の不満が燻り続け、左右両極に爆発して米国民の分断化を深めたのであった。

 こうした状況下において、トランプ政権が誕生したのも必然であった。

 またリーマンショック後の金融当局の対応は、世界的規模で「際限なき物価高」をもたらした。

 リーマンショックを「100年に一度の危機」と認識していたバーナンキFRB議長は、空前の量的金融緩和政策を実施し、大量の米ドルを市場に供給し続ける事によって、金融恐慌を回避しようと努めた。

 この大規模な量的金融緩和策は、リーマンショック直後からその後約10年以上にわたって繰り返され、世界の金融市場には米ドルがジャブジャブと溢れ返る状態になった。

 必然的結果として、米国経済は超インフレ状態になり、物価は高騰し続けた。

 こうした米国の金融緩和の煽りを受けて、円ドル相場は2011年10月31日に「1ドル75円32銭」をつけるまで円高ドル安が進行した。

 そこで日本も米国に追随する形で、2012年から「アベノミクス」や「黒田バズーカ」などの「異次元の金融緩和」を実施し、日銀は国債を買いまくり、外国為替では円安に誘導する「日本売り」が推進された。

「アベノミクス」のおかげで、いよいよ日本は後進国の仲間入りを果たしつつある。

 今や日本は観光立国である。多くの外国人観光客は、「円相場が安いから」あるいは「日本は物価が安いから」との理由で日本を訪れるようになった。

 諸外国の超インフレは、いずれも極端な金融緩和政策の賜物である。

 米国では、10年以上にわたって続けられた量的緩和の為、今や米国経済は物価上昇に歯止めが効かず、FRBがいくら金利を上げたところで、インフレは収まらない状態にある。

 米国内では、家賃を払えない低所得層の多くの人々が路上生活を強いられるようになった。また麻薬に走り、命を落とした人々も少なくない。

 中産階級の人々も、際限なき物価高騰に晒され、家計の苦しさから生活水準は低下し、多額のローンを抱えて自殺する人が後を絶たない。

 その一方で富裕層は、ますます多額の溢れ返った米ドルを享受し続けている。

 また日本では昨年来、日米金利差拡大の為、円安ドル高が止まらず、輸入製品に依存している日本国内の物価は上昇し続けている。生活必需品や食糧の物価高は、低所得層の家計を直撃している。

 また米国ほどではないが、日本国内でも経済格差が顕著になりつつある。

 このように世界的規模で、「際限なき物価高」と格差拡大による「国民の分断」という現象が発生している。

 その発端となったのがリーマンショックであった事を考えれば、間違いなくリーマンショックが「100年に一度の危機」であった事は確かである。

 世界大恐慌は回避出来たが、「国民の分断」と「際限なき物価高」は、今後数十年は継続するであろう。

 現在の世界的なインフレ進行は、最早止める手段が無い。

 米国も日本も、またその他の諸国も、「量的金融緩和」の名の下に、過剰に通貨を発行し過ぎたのである。

 今後、徐々に既存の通貨は無価値になってゆく。

 これはハイパーインフレとは異なる。

 じわじわと真綿で首を絞めるように、既存の通貨は価値を失ってゆくのである。

 現行の通貨体制が終焉する前に、ここで改めて、貨幣の本質について考えてみたい。



「本位貨幣」と「派生貨幣」について


 貨幣は言語と同様、人間社会のコミュニケーション・ツールであり、メディア(=媒体)である。

 人間が社会を形成する上で、貨幣は非常に重要な役割を果たしてきた。

 歴史上、貨幣交換は多種多様に行われていて、近現代のように、国家と貨幣とが一体化している状態は稀であったと言ってよい。

 一方、デジタルネットワークが発達した現在では、地域通貨のみならず、企業通貨、仮想通貨といった民間通貨が続々と出現してきている。

 金と金貨、金貨と銀行券、あるいは兌換紙幣と不換紙幣、現金通貨と預金通貨という形で、常に「本位通貨」(正貨)と「派生通貨」とが共存しつつ、貨幣は進化してきた。

 本位通貨とは、「本物のお金」のことである。通貨として正真正銘のものであると広く認められているという意味である。

 これに対し、派生通貨とは、本物のお金を基礎とし、そこから派生した二次的なお金のことで、本位通貨との兌換・交換を常に約束することによって、その通貨の価値を保証するものである。

 19世紀から20世紀初頭にかけて、欧米や日本では多くの民間銀行が存在し、それぞれが自らの銀行券を発行していた。

 当時の本位通貨は政府が鋳造した「金貨」であり、民間銀行が発行する民間銀行券は「兌換銀行券」であった。

 兌換銀行券とは、それを銀行に持っていけば即座に金貨に交換されることを約束した「本位通貨の預り証」、即ち「債務証書」である。

 預金者が銀行に金貨を預けると、兌換銀行券(民間銀行券)が発行された。

 この場合、金貨が本位通貨で、兌換銀行券(民間銀行券)が派生通貨である。

 やがて1920年代から30年代にかけて、各国では金本位制が廃止され、法律によって中央銀行だけが銀行券の発行を認められるようになり、民間銀行が独自に銀行券を発行出来る時代は終わった。

 このように、中央銀行だけが通貨発行権を独占している現在の体制は、歴史的には比較的最近の出来事なのである。

 ただし、中央銀行券が金貨に兌換してもらえない「不換紙幣」になると、話は大きく変わってくる。

 そこでは、本位通貨は金貨ではなくなり、中央銀行券が本位通貨になり、民間銀行の普通預金・当座預金が派生通貨になる。

 ただし世界で唯一、米国の連邦準備制度(FRB)が発行する中央銀行券だけは、以前と同じ兌換銀行券であり、それを銀行に持っていけば、本位通貨である金貨に兌換することが出来た。さらに各国の通貨は、それぞれ米ドルとの固定レートで交換されるようになった。この体制は、1944年から1971年まで続いた。

 しかしながら、1971年8月以降は、金と米ドルとの交換が出来なくなり、1973年には米ドルと各国通貨の交換は変動相場制へと移行した。

 この結果、現在は「一国一通貨制」と「変動相場制」が貨幣制度として確立しており、それがあたかも普遍的な制度であるかのように広く信じられている。

 だが、「一国一通貨」と「変動相場」が今後もずっと続いていくという信仰は幻想に過ぎない。

 現代では、現金である日本銀行券が「本位通貨」、民間銀行が発行する預金通貨(=普通預金・当座預金)が「派生通貨」というセットになっている。

 また近年では、コロナ禍を契機にキャッシュレス化が推奨されているが、いずれも中央銀行発行の法定通貨を担保とした電子マネーの形態がほとんどである。

 法定通貨「円」を担保にして電磁的に記録されているSuicaやIcocaのような電子マネーの場合は、円が本位通貨、電子マネーが派生通貨となる。

 現在の民間通貨は、暗号通貨(ビットコイン、イーサリアムなど)、各種ペイメントシステム(〇〇ペイなど)、電子マネー(Suica,WAON,nanacoなど)、企業通貨(各種ポイント、マイレージ)、地域商品券(プレミアム付き)、地域通貨(紙幣型、デジタル地域通貨など)と百花繚乱である。

 例えば発行主体は、国家(中央銀行および政府)以外の自治体、商工会議所、商工会、金融機関、企業、NPO、協同組合、任意団体など、千差万別の民間団体が担っている。

 暗号通貨ビットコインの場合、マイナーがブロックチェーンを10分ごとに更新する際に貨幣が分散的に発行されるため、発行主体がそもそも存在しない。

 以上のような様々な「民間通貨」と法定通貨とは異質な存在に見えるが、両者は実は同じ種類の貨幣である。

 一方、「暗号通貨」や「仮想通貨」の場合は、それらとは全く異なる形態である。

 暗号通貨や仮想通貨においては、貨幣の物理的実体が無くなるだけでなく、その価値単位は法定通貨「円」でもなくなる。

 今や、貨幣の「脱国営化」「民間通貨化」が進行しているのである。これは歴史的な画期的変化である。



「中央銀行券」は本当に「負債」なのか


 現代貨幣を理解するためには、「一国一通貨」制度の根底に存在する「中央銀行券」の本質について知らねばならない。

 金本位制の下では、兌換紙幣としての信用貨幣は金貨、銀貨のような本位貨幣(正貨)の代理物として広く流通していた。

 このため、近代資本主義では、金地金のような物品貨幣あるいは金貨という鋳貨が本位貨幣であり、物品貨幣や鋳貨の貸借関係から派生的に兌換銀行券などの信用貨幣が出現するとする見方が有力であった。

 その際、本位貨幣(正貨)は、借金返済や信用(貸借)関係の精算のために使用される支払手段となる。

 ところが、近年、ビットコインのブロックチェーン(分散台帳技術)の影響から、人類史における貨幣の起源は「台帳の仕組み」にあるという考え方を強く打ち出す論者が出てきた。

 貨幣の起源あるいは貨幣の本質は、物財を取引する相手との信用関係にあり、「信用貨幣」こそ貨幣の本来のあり方であるとの見解である。

 こうした考え方は、「信用貨幣起源説」と呼ばれる。

 従来定説とされている「物品貨幣起源説」では、物々交換などの直接交換が困難となり、間接交換を媒介する交換手段として出現した物品貨幣を本位貨幣と見做し、こうした物品貨幣の貸借関係を証明する債務証書として派生したものが信用貨幣であるとする。

 これに対して信用貨幣起源説は、物品貨幣のような本位貨幣が存在しなくとも、記録可能な貨幣単位さえあれば、取引記録である台帳が貨幣の役割を果たすとし、信用決済システムこそ貨幣であると主張する。言い換えれば、物品貨幣のような本位貨幣が無くても、信用貨幣はそれ自身で成立可能であるとする。

 即ち、貨幣とは「物」ではなく「譲渡可能な債務」であり、貨幣の本質は現物貨幣ではなく信用貨幣であり、現代貨幣は信用関係を基礎として流通する代用貨幣であるという。

 因みに、現代貨幣理論(MMT)の創始者ランダウ・レイの貨幣論は信用貨幣論起源説に基づいている。

 現代の中央銀行券は、物品貨幣のような実質的価値を表すものではなく、負債の計算単位を表示する債務証書であり、それは国家の徴税能力を担保にして発行されている、とランダウ・レイは考えている。

 資本主義が成立する18世紀後半までは、貨幣の多様性が広く見られた。

 しかし19世紀以降、資本主義市場経済の発達と中央銀行の設立により「一国一通貨」が確立すると、国家通貨が貨幣流通を独占し、貨幣交換の多様性が失われた。物品貨幣は現金通貨へ、信用貨幣は預金通貨へと固定化されるようになった。

 かつて失われた貨幣の多様性が、現代において再び民間通貨の多様性として復活しつつある。

 これは決して不思議な事ではなく、もともと貨幣とはそうした存在だったのである。

 さて、現代の法定通貨は、中央銀行券(紙幣)と政府貨幣(硬貨)から構成されているが、中央銀行券が中心的な役割を果たしている。

 中央銀行と政府が現金通貨を独占的に発行・鋳造することによって、国内で一種類の貨幣単位の通貨が流通している。

このように、現代通貨は「国家通貨」という形を取り、国内で通貨が一つしかない「一国一通貨」制が作り出されている。

 先に見たように、資本主義以前は貨幣取引に多様性があり、交換条件に応じて使い分けられていた。

 1844年のピール条例によってイングランド銀行が誕生し、民間銀行券が廃止され、中央銀行券の独占的地位が確立した時、「一国一通貨」制により特徴付けられる国家通貨が登場した。

 しかしながら、数千年以上の貨幣の歴史から見れば、中央銀行制度の歴史は僅か200年足らずと歴史が浅く、ごく最近の出来事だと言える。

 その後、先進諸国は英国に倣い、中央銀行制度を採用するようになった。

 日本が近代化を目指して日本銀行を創立したのが1882(明治15)年であった。

 また米国が中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度)を創設したのは1913年で、その歴史はたったの110年である。

 それでは、法定通貨の大部分を占め、国家通貨制度を大元で支える中央銀行券とは一体何か。

 それは負債なのか、それとも資産なのか。

 日本銀行券は、日本銀行以外の経済主体が保有していれば、それらの貸借対照表では資産の部に「現金」として計上される。

 一方、日本銀行自身の貸借対照表では、発行済の日本銀行券残高(=日銀以外が保有する日銀券の総額)は、貸借対照表の負債の部に「発行銀行券」として計上される。

 同じく負債の部の「日銀当座預金」は、全民間金融機関が日本銀行に預けている預金である。

 民間金融機関が現金を必要としなければ、日銀当座預金に預ける。そうすると、それと同額の日銀当座預金が増え、日銀の負債は増える。

 また、日本銀行が既発債を金融機関から購入する「買いオペレーション」を行えば、その代金を相手の金融機関の日銀当座預金に振り込むので、日銀当座預金が増え、日銀の負債は増える。

 日本銀行が日本銀行券を発行して市中に供給するのは、民間金融機関が日銀当座預金から日本銀行券を現金として引き出す時である。その時、それと同額の日銀当座預金が減り、日銀の負債は減る。

 このように、日本銀行の貸借対照表において、日銀券の動きは全て「負債の部」の変動になる。

 しかしながら、日本銀行の貸借対照表の中には、「資産の部」の「現金」が存在する。

 実はこれが「政府発行貨幣」である。

 政府の委託を受けて独立行政法人造幣局(かつての大蔵省造幣局)が「硬貨」を製造し、それらの政府発行貨幣が日本銀行に引き渡された時点で、日本銀行の貸借対照表における「資産の部」の「現金」として計上されることになる。

 即ち、日本銀行の資産としての「現金」とは、日銀券ではなく、政府が発行し、日本銀行が保有している「硬貨」を意味する。

 以上のように、日本銀行が発行する日銀券とは、日本銀行の他の主体に対する負債を表す「債務証書」であり、日本銀行が保有する政府貨幣(補助通貨)のみが「現金」として資産であるとされている。

 なお言うまでもない事であるが、民間の経済主体の場合は、日銀券(紙幣)も政府貨幣(硬貨)も区別なく、貸借対照表には「資産の部」の「現金」として計上される。

 因みに2020年3月31日の日本銀行の決算によれば、資産合計が604兆4846億円、負債合計が599兆9372億円、純資産が4兆5473億円であるのに対し、資産である政府貨幣すなわち「現金」が2050億円、負債である日本銀行券残高すなわち「発行銀行券」が109兆6165億円である。

 現状では、資産としての現金は、負債としての発行銀行券の僅か0.19%に過ぎない。

 一方、政府が貨幣(硬貨)2000億円を費用400億円で製造して日本銀行に交付すると、日本銀行の資産の部に「現金」2000億円として計上されるが、政府の負債は生じない。

 この場合、その差額である1600億円が政府の収益となる。これは「貨幣発行益」(シニョリッジ)と呼ばれる。

 フランス語でシニョール(seignior)とは封建領主のことで、シニョリッジ(seigniorage)とは、中世における「封建領主の特権」を意味する。具体的には、金貨や銀貨を製造する際に生じる発行益を意味していた。

 では、政府貨幣(硬貨)に貨幣発行益が生じるならば、日本銀行券についても同様に貨幣発行益が発生するのだろうか。

 日本銀行券の製造経費は1枚につき24円と言われる。確かにその差額は大きい。

 日本銀行券は資産ではなく「債務証書」として「負債の部」に計上されている為、「貨幣発行益は生じない」というのが一般的見解である。だが果たしてそうであろうか。

 日本銀行はかつて本位貨幣(正貨)である金貨または金地金への交換義務がある兌換銀行券を発行していた。

 兌換銀行券とは「正貨の預り証」であり、それを持ってきた人に正貨を手渡すことを保証する債務証書である。

 日本銀行は兌換銀行券を発行する際、兌換準備のための地金もしくは金貨・銀貨を貸借対照表で「資産」として計上し、兌換銀行券を「負債」として計上していた。

 このように日本銀行兌換券は、譲渡可能な債務証書であり、信用貨幣であった。

 ところが、1973年に変動相場制へ移行して以降、米ドルを含むすべての国家通貨が金との兌換を保証しなくなった。

 今日、各国中央銀行が発行しているのは、正貨への兌換義務を持たない不換銀行券のみである。

 しかしながら日本銀行は今もなお、兌換紙幣を発券していた時代と変わらず、貸借対照表の「負債の部」に日銀券の発行残高を記載し続けている。

 そして「資産の部」には、兌換準備のための地金や金貨・銀貨ではなく、政府発行貨幣や購入済の国債や株式や不動産等が計上されている。

 不換銀行券の現代において、兌換時代と変わらない仕分け方が果たして正しいのかどうか、誰も考え直そうとはしないまま、現在に至っている。



中央銀行券は「債務証書」ではない


 中央銀行券の発券残高(発行銀行券)を貸借対照表の負債に記載している理由は、日本銀行の説明によれば、「日本銀行券の価値の安定性は日本銀行の適切な金融政策に依存するので、日本銀行券は債務証書のようなものだから」という。

 そもそも不換紙幣には債務返済(償還)という義務が無い為、日本銀行の金融政策の適切さや日本銀行への信認に関わりなく、債務返済が出来ないという問題は生じない。

 従って、発行銀行券残高を債務返済(償還)義務の無い負債だとするなら、日本銀行の貸借対照表で、負債の部に計上される発行銀行券と、資産の部に計上される、銀行券によって購入された国債、株式、不動産とは、金額的に全く対応しないことになる。

 仮にそれらの資産が暴落し、保有資産価値が大きく減額したとしても、日本銀行券の償還という問題は生じない。

 まず、返済義務なき「負債」とは一体何なのか。そもそも、返済義務がない「負債」という表現自体が矛盾である。

 本来、返済義務の無い負債というものはあり得ない。即ち、返済義務なき「負債」が意味するのは、負債も無ければ返済も無いという状態である。

 一体それは何か。それに相当する存在は、「出資証券」である。

「出資証券」は、株券と同様、譲渡可能な資産である。

 日本銀行は資本金1億円で設立されているが、現在、その100万倍の100兆円を上回る日本銀行券を発行し、それが償還義務の無い不換紙幣としてずっと流通し続けている。

 この不可思議な現象を説明するには、日本銀行券を債務証書ではなく、譲渡可能(=流通可能)な出資証券として解釈する以外には無い。

 不換銀行券が世界のスタンダードとなった現代において、財務諸表上の整合性をつけようとするならば、発行銀行券を「出資証券」と位置付け、貸借対照表においては「資本金」として「純資産」の欄に計上することである。

 負債の多くを占めていた発行銀行券の項目が「純資産」となれば、日本銀行が債務超過に陥る心配は無くなる。

 この方が、遥かに「日本銀行券の価値の安定性」の保証になるはずである。

 返済義務が無い不換銀行券を債務証書として「負債」に計上してきたのは、ただ単に兌換紙幣の時代の慣行を長く引きずってきたからに過ぎない。

 要は、貸借対照表における「発行銀行券」の記載場所を変えるだけの事である。

 これはそれほど難しい問題ではない。日銀法の一部を改正するだけで可能である。

 日本銀行券が「債務証書」ではなく「出資証券」ではないか、という考え方は以前からあったが、肝心の日本銀行や財務省が「債務証書」説を採り続けている為、無視され続けてきた。

 官僚は前例主義である為、従来の立場を自発的に変更することはあり得ない。

 これらは政治主導で変えてゆくべき問題であろう。

 通常、我々は現代の不換中央銀行券は「現金」であり、それによって財やサービスを購入すると考えている。

 人々は、現金で物品やサービスを買う経験を日々繰り返す経験を通じて、日銀券で何でも買えるのが当然のように思っているので、日銀券が信用貨幣なのか物品貨幣なのか、あるいは債務証券なのか出資証券なのか、について考えることはまず無い。

 以前は、このような事を考えるのは経済学者だけであった。

 しかし最近では、貨幣や通貨の本質について興味や関心を持つ人々が増加している。

 この現象は、リーマンショック以降、多くの人々が「貨幣の終焉」を予感しつつある証左であると考えられる。

 現代は、貨幣や通貨について根本から考え直すべき時代である。

 このテーマは非常に重要であるため、今後も継続して考察していきたい。















(C)宇宙文明フォーラム All Rights Reserved.